短編集

□スミレ色の瞳
2ページ/5ページ

「で、なんでお前がここにいるわけ?」
「暇だったから」
「あぁそう」

名無しさんがまさか、買い出しにまで着いてくるとは、予想外だった。
あのようなことをして、ソファーの隣に座るどころか、買い出しにテクテクと着いてきた。普通じゃああり得ない。
おまけに超楽しそうに着いてきていた。

メローネの買い出しというのも、今日は会議を兼ねての飲み会をメンバー全員でやるらしく、それの買い出しを受けていたメローネが多忙のあまり俺に押し付けたという感じだった。
買うものは、ワインとカプレーゼの材料くらいだったが、それすらも買う暇が無かったということにしといてやろう。
メンバー全員参加と言っていたため、恐らく俺も参加だろうか、俺は元々、プロシュートらとは違って、白ワイン派なのだ。

「イルーゾォ?着いたけど」
「あぁ、すまねぇ」

それから数十分程で、買い出しは終わり、名無しさんと一緒に出てきた。勿論、荷物は俺が全て持ってる。俺はそこまで、人が悪くない。

「持とうか?イルーゾォ」
「いいよ、ワイン重たいし」
「でっ……でも」
「どうしてもって言うなら、これ持ってて」

俺は袋から、一つチャック付きのものを取り出すと名無しさんの手のひらに置いた。
「ん?……ドライフルーツ?」
「そ、食ってていいぜ」
「イルーゾォって……優しいよね」

優しい?俺がか?暗殺者に優しいって言葉は、あんまり褒め言葉じゃあない気がするが、まぁいい。褒められて悪い気はしなかった。
その辺り、まだ人間味なんだなと思う。汚い仕事をしていても、褒められて嬉しいのは誰だって同じなんだなと思った。

しみじみと思いにふけっていると、肩をとんとんと突つく感覚がした。振り返ると、無造作に口に何かが突っ込まれた。
瞬間、甘ったるいものが口の中にめいいっぱい広がった。行き過ぎた甘味がどんどん口内を犯して行く、ドライフルーツだ。
ふっと我に帰り、名無しさんの方を向くと、ドライフルーツの袋を片手にニヤニヤとほくそ笑んでいることが理解できた。

「美味しい?」
「いや、美味いけどさ……」
「イルーゾォがぼーっとしてるから悪い」
「あぁ、悪りぃ」

何故か、急に罪悪感に見舞われて、無意識に名無しさんの手をすくい取って、握る。柔らかい感触がすぐに降りてきて、女の子の手なんだなと実感した。
自分が名無しさんの手を握っていると自覚するのに時間はかからず、気恥ずかしくなった。かといって、今、顔を覆い隠す手は片方しか無かった。

すると、名無しさんが俺の手を物珍しそうに手にとって、まじまじと凝視してきた。
見られているのは、手にも関わらず再び顔に熱が集中するのがわかった。穴があったら入りたいとは、まさにこのことなわけだ。

「わぁ、手が男の子の手だ」
「当たり前だろ。俺をなんだと思ってんだよ」
「え?イルーゾォ」
「……」

もう、言葉を失った。そういうことを聞いているのではないわけで、俺をどういう目で見ているんだということが聞きたかったんだ。
もうすでに手を繋いでいるという事実は、頭から抜け切っていて、無意識に恋人繋ぎに切り替わっていた。
不意に横目で、名無しさんを見ると顔を真っ赤にしていて、もじもじとよそを見ているのがわかった。その名無しさんを見て、余計気恥ずかしくなって、ぱっと手を離した。
後に残ってきた手のひらの感触が少し、名残惜しい気がしたが誤魔化すように拳を作った。

「帰るか……」
「えぇ」

いつの間にか、アジトの最寄りの駅の辺りまで、歩いてきてしまっていた。
ここまで、時間が早く経ったことはなかった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ