短編集

□左右不対象
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「貴方は、もう既に呼吸をしていない。
心臓も脈を奏でてない。
死んでいるの。」
「・・・・あながちそんなことだとは、思ってた。」
「そう、それは・・・・
私は、霊感が強いの。貴方は、きっとこの世に未練がある。」

女性は、そう言い切った。
男にとっては、精神をも崩壊させかねない事実であるにも関わらずに、女性ははっきりと言ったのだった。
男は、暫く気難しそうな表情をしていたものの、すぐに笑顔に変わって、女性に未練を告げた。

仲間に情報を伝えることができなかったことが、自分の未練であると。
自分は、役立たずであったと。
女性は聖母のような微笑みでそれらを受け止めた。
時折泣き出す男の背中をそっと撫でている。

「俺は、どうすればっ」
「貴方の仲間は、今何処に?」

「多分・・・・皆死んだよ。」
その男の言葉に女性は、絶句した。
女性は、大きく目を見開いて、眉間にしわを寄せて、嘘でしょうと言わんばかりな表情を見せている。
その顔に、男は先ほどから見せていた笑顔に変わる。

「気にしてない。大丈夫だよ。
それで、俺はどうすればいい?」
「どうしようもできないかもしれない。
未練が無くなったら、貴方はこの世からいなくなれる。でも、その未練の対象自体が無かったら、貴方は多分この世に留まったままになる。」

男は、そっかと自分を納得させるようにゆっくりと力強く頷いた。
そして、男は滑稽なマスクを乱暴に外すと、ゴミ箱に投げ入れて、呟く。
「右眼を使うのは、久しぶりだな。
ところで、君の名前は?」
「名無しさん、貴方はなんていうの?」

男は、メローネと静かに答える。
そして、指で久しぶりに露出した右眼をなぞった。
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