短編集

□スミレ色の瞳
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「イルーゾォの瞳は、スミレ色でとても綺麗」

俺がソファーで座りながら、暗殺者の数少ないオフを満喫していると、名無しさんがジャッポーネに多い真っ黒い瞳をパチパチさせながら言った。
名無しさんがあまりに唐突に言ったため、俺は暫し驚きを隠せずにいた。
読んでいた本すらも、今は申し訳なさげに、栞も挟まずソファーの上に鎮座している。
名無しさんは、俺が驚いたことに驚いたのか、あたかも頭上にはてなマークを浮かべているかのように、こちらを覗き込んでいた。

「綺麗って、正気か?男に言う言葉かよ」
「えぇ、私は正気だし、これに関しては、男女も関係ないよ」
「そうか……一応グラツィエ。でも、俺には勿体ねぇよ」
「そう?イルーゾォの瞳……好きだけど」

俺は、反射的に何を勘違いしたのか、顔中が真っ赤に染まるのが自分でもわかるほど、顔が熱くなった。
名無しさんは、俺の瞳を綺麗で、好きだと言った。なのに、俺ときたら、どうしても名無しさんが俺を好きだと言っているようにしか取れない。
名無しさんは、依然変わらず不思議そうに俺を見つめていた。

「……イルーゾォ?」
「あぁ、すまねぇ」

俺は、まるで自分をはぐらかすかのようにソファーの上に鎮座していた読みかけの小説を乱暴に取り上げ、適当なページをこじ開けた。
なんだか、とても大事なシーンだった気がしたが今は、どうだってよかった。自分さえ、騙すことができればよかった。
だが、名無しさんにずっと見られている気がしてならない。ジッと視線を浴びせられている気がするのだ。

「もっと、瞳……よく見せて?」
「は……?」

そう、名無しさんが俺に言った瞬間、一瞬にして俺の視界に名無しさんの顔がアップで写り込んできた。状況を理解するのにそう時間はかからなかった。
名無しさんが俺を押し倒していた。もっと俺の瞳を近くで見たいという欲に駆られるがままに俺を押し倒していた。
もう既に、鼻がスレスレのところまで来ていて、少し動いてやれば、唇同士が引っ付きそうなほどまで、接近していた。

俺の頭は、その途端真っ白になり、名無しさんの腕を掴み後頭部を押さえつけて、俺と名無しさんの体制をグッと反転させた。
つまりは、俺が名無しさんを押し倒した。
地味に焦っている名無しさんを他所に、片手で彼女の両腕を頭の上に押さえつけて、自らの鼻の頭と彼女の鼻の頭とをくっつけて、俺は言った。唇がスレスレだった。

「なぁ……俺だって、一応男なんだぜ?いくら暗殺者っていっても、非力な女の腕を押さえつけるくらい容易い。襲うことだってできるわけだ」
「ごめんなさい……だっ……だから離れて、近いよ、恥ずかしい」

全て勢い任せで、行動していたため、気がつかなかったが名無しさんの顔がものの見事に真っ赤に染まり上がっていた。
さっきまで、俺を真っ赤にしていた奴の顔を真っ赤に染めるのは、不思議と気分が良かった。特に俺はサディスティックって訳じゃあないが。
名無しさんは、俺を見て相変わらず顔を燃やしていて、流石に可哀想になり、拘束を解いた。
名無しさんは、一瞬にして俺の下から抜け出すと俺の隣に座った。あんなことしても隣に座るか、普通。
正直、俺が女なら全力疾走で逃げるな。

「もう調子のんなよ」
「イルーゾォも男だったんだね……てっきり興味なんかないと思ってた」
「興味は、あんましないな。ただ、お前の反応が面白かった」
「え……サディスティック?」
「ちげーよ」

サディスティックではないはずだ。多分。
確かに、名無しさんが顔を真っ赤に染めているのを見て、優越感を覚えたが、そういう意味でではない。ただただ、ざまーみろって感じだ。
あのままキスでもすりゃあ俺から離れていたかもしれない。すればよかったか……?

「あっ、イルーゾォ今日オフだったの?」
「あぁ、メローネ……確かに俺は今日オフだが?」
「じゃあさ、悪いんだが……買い出し行ってくんね?」
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