短編集

□喋れるわけないだろう。
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はいと言いながら、ドアを開けると、瞬間的に声が聞こえてきた。

「『好きだ馬鹿』」
本日何度目かになるその単語が私の耳を貫いた。声的にギアッチョだったが、その姿は、既に無かった。
言った言葉の内容と、言い方とでまるでツンデレのようになっている。私はあまりに唐突なことで、驚く間も与えてもらえなかった。
私がドアの前で、ぼけーっと立ち尽くしていると、次は鏡の方からコンコンとノックする音が聞こえてきた。

シチュエーション的にイルーゾォだとすぐにわかった。

「なに?」
「さっき部屋で、ちょっと日本語勉強してたんだけど喋れてる?」

私は、今までとは違う意味で驚かされた。イルーゾォの口から、流暢に日本語が流れていたからだ。
得意げにイルーゾォが鏡の中から、私の部屋に入ってきた。

「凄く上手」
「だろ?こういうのは結構飲み込みが早いんだぜ?」
「すご……」

ここに来て、イルーゾォはずっと日本語を喋っているがちゃんと喋れている。
イルーゾォは、満足すると、私に近づいてきて、耳元で言った。

「好きだぜ、名無しさんのこと」

イルーゾォの声が私の脳髄を麻痺させた。イルーゾォは、あんなに色気の塊のような声だっただろうか。
いつもより低く、響く声だった。
軽く、麻痺していた私が我に返るとイルーゾォは、既に居なかった。

イルーゾォに言われてから、数時間経って、明日は仕事があるか、リゾットに聞きに行った。

「いや、名無しさんは無いな」
「そう、グラツィエリーダー……そういえば、みんなが虐めてくるんです。好きだ好きだって」

「ん?何を言っている。俺も名無しさんが『好き』だが……?」
「リーダー……そういうのは、反則ですよ」

始めて見たリーダーの悪戯染みた表情に、私の顔は、真っ赤になった。

「恐らく、全員本気だと思う……が」

そのリーダーの一言で、私の顔は、これでもかというほど真っ赤に染まった。
まさか、みんな本気だっただなんて、思いもしなかった。

さて、私は誰に『好き』と言おう。
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