Novel

□12月31日
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おじやの卵が早くも固まってきた。沸騰が見えづらいからわからないだけで、コメはそうとう熱くなってるんだ。
たっぷりと間を置いて、観念したような低い声が地を這った。

「…ここで食うのは早えェよなぁ…と思ってた…。…あーくそ!!」

黒いバンダナでまとめた赤い髪を、突然の雄叫びとともに掻きむしった。神様が思いっきり背中を押したに違いない。俺にも予想外な、ストレートな応えだった。

「早えェよ、…ていうか、食うつもりだった、のかよ」
「…たりめーだろ。何のために他の奴ら追い出したと思ってんだよ」

逆ギレに近いふて腐れた声が、ユースタス屋の本気を伝える。
俺はこいつの性格を誤解していたんだろうか。
色目を使ってくる女を軽くつまみ食いする、そんな奴だと思っていた。悪く言えば、下半身がだらしない男。少なくとも俺の中でのこいつの印象はそうだ。
それとも、俺相手だからこうも面倒くさいことになってるんだろうか。

「…あんときお前、俺に一言もなく帰ったじゃねェか」
「――え」

聞くまでもなく『事故』の時のことだろう。覚えてたのか。あんなに泥酔した日の出来事なのに。

「朝、お前が怒るなり殴るなりしてくれれば、その場で告るつもりだった。…けど、完璧にスルーだったからな。なかったことにしてェんだなと思った。まあ確かにお前にしてみりゃ、野良犬に咬まれたようなもんだしな」

俺のことが好きだった野良犬は、好きと伝える前に咬んでしまったのだ。犬は本気で咬んだのに、俺はそれを戯れだと、事故だと解釈した。
そして野良犬は失恋し、俺は被害を黙殺することで今まで通りの距離を保った。それでいいと思おうとしたのだ。

「そりゃ、そうだろ。酔っ払いとセックスして本気だと思う奴なんかいねェよ」
「その本気を、今日伝えてェんだよ。…だから今日は強引に行かねェようにって、必死こいて順序考えてたのに!」
「…似合わねェことすんなよ、…馬鹿」

何かに絶望したように首を振るユースタス屋は、俺の呟きに目だけを寄越した。唇を尖らせて、バツが悪そうな、拗ねた顔。仕掛けようとしていたサプライズがネタバレしてしまった子供みたいだ。
女遊び激しくて、俺様で、脳みそ筋肉で馬鹿で、ガキみたいな俺の思い人。もっと強引に奪ってくれてもいいのに、俺が困るくらいに俺を甘やかしてくれる…『恋人』。
そう呼んでも、いいよな。今日、この特別な夜から。

「…なァ、トラファ…
「で、順序ってどんなんだ?」

神様が味方してくれてる今だから聞ける。俺はイヤミったらしいほどの笑顔をユースタス屋に向けた。
今までの話を纏めると、俺をディナー(コメ)でおもてなししたあと、優しくベッドに連れ込む計画を立ててたってことだよな。それは是非とも全容を拝聴しなければ。

「なあ、どんな順序で俺を食う気だったんだ?教えろよ」
「…っあーもう!!聞くなそんなもん!どうでもいいだろ!」
「よくねェ。俺は知る権利があるはずだぞ」
「てめェには男の情けってもんがねェのか!!」
「おーしーえーろーよー」

狼狽はなはだしいユースタス屋に、じりじりと距離を詰めていく。いったいどんな恥ずかしい計画だったのやら。
にやにやとにじり寄る俺から苦み走った顔を背け、見る気もない歌合戦の画面を凝視しているユースタス屋。その手がテレビのリモコンに伸びる。相変わらず知らない歌手の歌は続いていたが、突然その音が止んだ。電源を切ったのだ。
一気に部屋の中が、俺とユースタス屋の存在だけになる。
テレビのおかげで大人数で騒いでいる錯覚を起こしていた俺の頭は、ユースタス屋と二人きりだという事実に、今さら緊張で思考停止した。

仰向けに転がされたのは、その隙をついてのことだ。

「――今から実践だ、この野郎」






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