Novel

□12月31日
3ページ/5ページ







さすが場数をこなしているだけあって、ユースタス屋は料理上手だった。まあ、市販の鍋の素のスープに指定の具材を入れるだけだから、上手とはまた違うかもしれないが。火が通らないまま食うことはなかったので、上手い部類に入るだろう。ひいき目は承知だ。
こたつの上にはクッキングヒーターで適度に保温された寄せ鍋と、酒、みかん、つまみ類。それらをダラダラと消費しながら、ほとんど知らない芸能人ばかりの長時間番組をダラダラと笑う。
CM中に俺が歌合戦にチャンネルを変えたところで、ユースタス屋がキッチンに立った。

「シメ、おじやでいいんだろ?」

コメ好きの俺に不満があるはずもない。

「卵も欲しい。あとネギ」
「おう」

どうやら俺の好みの具材を完璧に揃えているようで、冷蔵庫から出した冷や飯を電子レンジ加熱するようだった。
テレビでは頭数の多いアイドルが、頭お花畑みたいな歌を合唱中。まるで今の俺の頭の中だ。
ユースタス屋の部屋で二人きりで、奴のジャージなんか借りちゃって、幸せすぎてお花畑な脳内の俺……

――随分、用意、いいよな。

ふと、小さな疑問を感じてしまった。
コメ好きだなんて俺、ユースタス屋に言ったこと、あったっけ?
そもそも宴会に顔を出さない俺が、自分の偏食を誰かに伝える機会なんかない。後輩のシャチやペンギンは長い付き合いで知ってるだろうが、そいつらとユースタス屋の接点も想像つかない。

「どうせふやけるし、これくらいでいいだろ」

茶碗1膳分の白飯がラップの下から鍋に転がる。おたまでそれを解しながら、「ほら」とユースタス屋が卵を割る権利を俺に渡してきた。
たかが飯の用意のあるなしで過剰な意識かとも思ったが、一度生まれてしまった疑問は解決させないと気持ちが悪い。

「卵はよく溶いてから入れろよ。その方がとろふわになるぞ」
「なあ」

そういえばユースタス屋、ずっと、俺と目を合わせようとしない。今も。

「何で、俺がコメ好きなの知ってた?」
「コメ食ってんのしか見たことねえからだろ」
「どんだけ見てんだよ。学食とか一緒になったこと……」

ねえだろ、と言いかけて、俺は目の前でしまったという顔をした脳筋野郎にひとつの可能性を見出だしてしまった。
俺がユースタス屋を見ていたように、こいつも俺を見ていたのなら。
一挙手一投足を追いかけて、伝えられない気持ちにやきもきしながら、そばにいてくれたのなら。
俺と同じ気持ちを、こいつも持っていたのなら…

二人の間にある鍋の上を、恋の神様が通っていく。このトキメキ展開を演出するように、アイドルのボーイミーツガールな恥ずかしい歌が流れる。
鍋の中のおじやがぐつぐつ言いはじめた。
よくかきまぜた卵と小口ネギを入れて、火を止める。

「…なあ、…さっきの、あれ、」
「…さっきって、いつだよ」

眉毛のない眉間に、思いっきりシワが刻まれている。言うつもりなかったんだよな。俺もだから、よくわかる。

「お姫様抱っこで風呂場まで行ったとき、何、考えてた?」

でも、今日は、言ってもいい日だと思うんだ。やっぱり今日は特別な日で、今日こそ特別なことをしたいと思ってる奴らがたくさんいる日なんだ。
いろんな奴らがきっと、神様に背中を押されているんだ。こんなふうに。

「俺は、このまま食われてもいいなって思ってた」
「――っ!?」

嘘だろ。本気か。
驚いたユースタス屋の目がそう言ってる。
俺も内心は、怖くてびびりまくっている。
けど確信もしている。ユースタス屋を動かそうと背中を押してる神様がいることを。






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ