Novel
□12月31日
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「おう、入れ…って、お前、傘は!?」
玄関チャイムが鳴り、ドアを開けたユースタス屋が、信じられないものを見たような頓狂な声を上げた。それほど、俺が雨の日に傘をささなかったことが衝撃的事件であるらしい。
ずぶ濡れの俺は、お前のせいだという八つ当たりも込めて小さく呟いた。
「…寒みィ」
「ったりめーだろ!冬にずぶ濡れになる奴どこにいんだよ!」
ばたばたとバスルームに走ったユースタス屋が、バスタオルを持って玄関まで戻ってくる。しょうがねえなとか、風邪ひいたらどうすんだとか、結構普通なことをいいながら世話を焼いているのが、顔に似合わなすぎて笑える。
そんなとこが、俺がこの男に心を奪われる理由でもあるんだが。ずぶ濡れの不快感も少しは報われた気がする。
「これ、買い物」
「おう。…つか、まず風呂場だろお前は」
確かに、このままリビングに座るのは申し訳ない。どこも水浸しになるだろう。バスタオルをユースタス屋に預けて、濡れた服を脱ごうと裾に手をかけると、
「ここじゃねえだろ」
ずい、と迫る大柄な体。
「え」
耳がその言葉を理解する前に、玄関に片足を下ろしたユースタス屋が俺をお姫様抱っこで抱え上げた。
「え、ええっ!?」
足が床を離れて、分厚い胸板が眼前に迫った瞬間、心臓が跳ね上がった。
床が汚れるしな。当然だ。ユースタス屋の服も濡れるけどそれは仕方ないよな。そりゃ抱き上げるしかない、うん。
平常心でこの体勢を受け入れるべく、矢継ぎ早に言い訳を用意して攻め寄せる幸福に耐える。でないと勘違いしてしまいそうになる。
これはただの優しさだ。ユースタス屋に下心はない。本気で俺が風邪ひかないかと心配してくれてるんだ。
俺の下心だけがこの場で暴走寸前なんて知られたくないしみっともないし、第一カッコ悪い。
この心臓の音が聞こえていませんように。
――けど、今日は大晦日。特別な日。
どうしよう、誘ってみても、いいだろうか。
いつもの俺の調子で言えば、すんなりと言えるはずだ。
(なあ、俺を抱く気、ねェ?)
けれど、ここに来る前に自分の中で何となく決めてしまっていた『ただダラダラしたい』俺の心が、それをひどく拒んでいた。
すとん、と脱衣所の床に下ろされる。ほんの数歩の間だったけど、ユースタス屋はずっと無言だった。いったい何を考えていたんだろう。そして、俺の心をどう読んだのだろうか。
奴が口を開くより先に、俺が今後の展開を決めなければ。
「シャワー使うから服貸せよ。エロくねえやつ」
「いいけど、つかエロい服ってどんなのだよ」
「彼シャツとか制服プレイとか好きそう、お前」
安いAVみたいな設定を持ち出せば、心外といった呆れ顔で脱衣所の引き戸が閉まった。
予防線を張って、一安心。これでユースタス屋と一晩、何事もなく過ごせる。正確に言えば、俺がユースタス屋に手出しできない。ただの友達として夜を明かすことができる。
これでいいんだ。奴の隣にいられる今の関係を壊してまで思いを伝える必要はない。俺を評して『何を考えてるかわからない』と言われるように、煙に巻いていればいい。
その煙で、ユースタス屋への恋慕を覆ってしまえばいい。
考えてもみろ。俺がユースタス屋以外の男に「好きだ」と告白されたら、いったいどんな顔をする?
何言ってんだ、ホモかてめえ、キモイ。
プラス要素がひとつもない、腐った魚を見るような視線を返すことだろう。
あいつにそんな眼されたら俺は、3ヶ月は放浪の傷心旅行から戻らない。
シャワーの湯に温められていく体は、内側の熱を理性的に冷ましていく。そんな生産性のない思いは覆い隠して、くだらない会話をしながらくだらないTVを見て、鍋をつつこう。
「トラファルガー、ジャージ、ここ置いとくぞ」というドアの向こうの声にも、「おう」と平静に返せた。
今日は何も特別じゃない。なんてことない、12月31日。
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