Novel

□12月31日
1ページ/5ページ




『コンビニ寄ってくけど買うものあるか?』
『酒。俺の分ビールでいい』
『了解。他の奴らのは?』
『今日はこねえって』
『メシどうすんだ』
『鍋にする。楽だし』
『材料は?』
『白菜とか肉がそこそこ。二人分は余裕』
『んじゃ、酒とつまみだけ買っていく』
『OK』



ユースタス屋とそんなやりとりをしたのが、ほんの数分前だった。駅直結のコンビニで、奴の好きな銘柄のビールと自分用の清酒やらを数本選んでカゴに入れた。つまみには最近好きでよく買うチーズ入りソーセージと、干し鱈、カブとキュウリの浅漬け。
べつに健康に気を使っているわけではなく(医者志望の医大生がそれはどうかとは思うのだが)、清酒を飲むときは焼鳥などの肉よりも野菜や魚の方が俺の好みだと言うだけだ。
それらを手にコンビニを出たら、雨が降り出した。ほんの数分で天気が急変しやがった。アスファルトに跳ね返る雨と一緒に、雪女の吐息みたいな冷たい風が服の中まで染み込んでくる。
コンビニに戻って傘を買うかとも思ったが、目的地までの距離はさほど変わらない。それはなんか無駄金だ。
天気予報だけは欠かさず見る俺が、不覚をとった。今日明日の天気を全くノーチェックだったのだ。
大晦日の年越しをユースタス屋の部屋でするということに、それだけ浮かれていたのか、俺は。
…まあ、認める。正直、浮かれている。
大晦日。ただ年を跨ぐだけなのに、人の歩く速度を早める日。何か特別なことができるような、特別なことをしなければいけない強迫観念のようなものに、背中を押される日。
そんな特別な日に、二人きりで過ごせる。
何かが起きる淡い期待もなくはないが、ユースタス屋と同じ空間でダラダラ過ごすなんてことない空気ですら、俺には貴重な宝物だった。
だって俺は、あいつのただの友達のひとりにすぎないのだから。
一度だけ身体の関係を持ったけど、それは泥酔したあいつを家まで送り届けたら、あいつが俺をオンナと間違えて襲ってきた、『事故』だったから。
ユースタス屋が目覚めたときの反応が怖くて、奴が起きる前にベッドから抜け出した虚しさったらなかった。
こんなことになる前から好きだったなんて、例え棚ボタでも死ぬほど俺は嬉しいなんて、隣で寝ているこの筋肉バカは気付いてやしないだろう。鈍感だし、女遊び激しいし、脳みそ筋肉だし。
それでも好きだなんて、気付きもしないんだろう。

今日も本当は、そんなユースタス屋の友達連中が主催する年越し宴会だったのだ。
ゴールデンウイークだの花火大会だの、何かしら宴会ができる理由を見つけては誰かの家で酒を浴びている奴らが、今年最後のイベントに参加しないことを、俺は神に感謝した。
そんな宴会に誘われても積極的に参加しない俺が参加を決めた理由はただひとつ。『ユースタス屋の部屋でやる』という誘惑に負けたからに他ならない。

「お前も来いよ。どうせ寝正月だろ?」

そうユースタス屋に言われたとき、「寝正月で悪いか」と返しながらも腹は決まっていた。
そこに、雨かもしれないから傘を持っていこう、なんて思考が働くわけもなかった。
せめて濡れる面積を減らそうと、小走りで駆け出す。無駄な抵抗なのは解っている。ついてない。
手持ちの食料に、暖を取れるものはひとつも入っていなかった。






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ