夕闇×〇〇

□U
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凛桜が来たばかりの頃はそれまでの常識がすべて覆されることとなった。あまりにカオスすぎるこの街に愕然とし、当然のことながら受け入れるまでに時間がかかった。
ハリウッドの撮影にでも紛れ込んでしまったのかと思ったほど、この世界の光景は現実味がなかった。
一帯に広がる光景を見るに、文化も違うことは察せられた。

文化どころか世界が違うことに気付くまで、そう時間はかからなかった。
映画の撮影でもなければ夢でもない。確かに現実として、この街も自分も存在する。

そもそも自らの足で歩いていたら急に景色が変わったのだ。それも仕事終わりに。
何より上から降ってきた瓦礫が頭に激突して痛かった。巨大な伯爵の移動だとか言っているヘリの声で、急いでその場から離れて──

その時にザップに出会ったのだ。
見え透いたナンパだったが、凛桜はこれ幸いと彼にあちこちを案内してもらった。
運良く仕事帰りでまとまった金を持っていたので(仕事先の金だが)、換金してマンションの一室を借りた。
比較的ましな店を記憶しておき、次の日からアルバイトを始めた。
保証人がいると言われた時はザップで押し通すつもりだったが、この街はそういうことには緩かった。異界人がほとんどのこの場では従来のやり方は通用しないのだろう。

凛桜はザップに世界を渡ったことはおくびにも出さず、身体ひとつで渡米してきた人間を装った。
彼との繋がりをキープしておけば、保険になる。
そう考えて家をその日に借り、存在を印象づけた。まさか3日と開けずに訪ねてくるヒモになるとは思わなかったが。
今まで会ったことのないタイプの人間で面白かったので、凛桜は彼の遊びに付き合った。
そうしているうちに、ここへ来てから3ヶ月が経過しようとしている。


凛桜の妙なところを見ても、ザップは何も言わなかった。
おかしなことで溢れているこの街では少しばかり人間離れしていようが、些細なことだ。

凛桜は人間ではない。
けれどそれを言うつもりはなく、その特性を晒すつもりもない。

恐らくこの世界で唯一の種族──喰種。
ヒトを喰らい、その肉を糧とする化け物の名称。
人間の上位存在。食物連鎖の頂点。それが凛桜の世界の喰種だ。
それもこのHLでは些事、と言いたいが現実はそうもいかなかった。

残念ながらというかやはり食人は禁止されており、大っぴらには行えない。
人間と同じ外見をしている以上、凛桜は人間として振る舞うことを余儀なくされた。
特段苦痛は感じない。
災害レベルの出来事が日常的に発生する街だからこそ、凛桜はその特性を隠しやすかった。
むしろ生きやすい。食事の対象さえバレなければ、平穏な日々だ。

「コーヒーやっぱりいいよねぇ。豆と道具買おっかな」
「淹れられるのかぁ?」
「できるよ。よくやってたし」

評判のコーヒー店で、ふたりはのんびりとくつろいでいた。
ザップは朝食のベーグルを頬張り、凛桜はブラックコーヒーを飲んでいた。

「リオウも食えよ」
「いらなーい」
「胸育たねぇぞー」
「うるさーい」

げしっとテーブルの下で向こう脛を蹴った。
余計なお世話である。
悶絶するザップをよそに、凛桜は外の風景を眺めた。
通行人のほとんどがカラフルな見た目をしている。服の話ではない。肌の色である。
異界人は見ていて飽きない。
宇宙人か何かかと凛桜は最初思ったほど奇抜な姿形をしている。
エイリアンが服を着て歩いているのは違和感があったが、今はもう普通の光景として受け入れている。順応とは面白いものだ。

「ザップ、今日もうち来るの?」
「あー……、どうすっかな」
「私、22時までシフト入ってるから帰るの遅いよ」
「いやでも昨日ヤり損ねたし……」

とことんヤることしか頭にない男である。
清々しいほど欲望に忠実なザップに、まぁそんなところが面白いのだがと思った凛桜の考えはしかし、すぐさま覆されることとなった。

「ザップ……!」
「げっ……」

カツンカツンとピンヒールが床にあたる音と共に、女の声が凛桜の後ろから近付いてくる。
嫌な予感がしたので、凛桜は振り返らなかった。

「アンタまた他の女に現を抜かして!今度はどこの誰よ、こんな朝っぱらから!」
「ご、誤解だイザベル!俺はお前一筋だって!」
「……………………」

うわぁ、と凛桜は顔をしかめた。
その言い方をされると凛桜までとばっちりが来る可能性が高まるのだが。

「こいつはあれだ、えー、妹!そう妹だよイザベル。ほら、似てるだろ?」

ザップが凛桜の肩を持ち、強引にイザベルに見せる。おかげで凛桜は真正面から女の顔を拝むことになってしまった。

「あら、可愛い子。あなた、名前は?」
「……凛桜だよ」
「そう、リオウね。それで?ザップ、言い訳はおしまいかしら」

見え透いた嘘に騙されるわけがなく、イザベルは青筋を浮かべてザップに迫った。
後ろ姿が似ていようが、凛桜とザップではあまりにも共通点がなさすぎる。
そもそも生まれた地域からして顔の造形がかなり違うので、兄妹と言い張るには無理がある。

前言撤回だ。
他の女が絡むと面倒なことこの上ない。面白味は全くない。
コーヒーを飲み干し、凛桜はさっさと席を立った。

「二人とも、喧嘩なら外でやりなよ。じゃあね」

ややこしいことには首を突っ込まない。特に痴情のもつれなど、口を出すと泥沼化することが多いだろう。

「あ、おいリオウ!」
「待ちなさい、あなたにも話が───」
「また今度ね」

ひらりと一度だけ手を振り、凛桜は店を出たのだった。
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