夕闇×〇〇

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「隠れてるのがいるね」

馬橇から飛び降りた瞬間、凛桜はそう言った。
どうする、と彼女は土方を仰いだ。

「お前一人で片付けられるか?」
「余裕」

ふ、と少女は口元に物騒な微笑を浮かべる。

「ならば取ってこい。我々は先に行っている」
「はーい」

明かりの漏れている家へと向かう土方達と一旦分かれ、凛桜は家の裏に行った。
そこにいた複数の男に、軽い口調で挨拶する。

「こんばんは」
「なんだお嬢ちゃん。ここは──」

その次は言えなかった。
凛桜の手が目にも留まらぬ速さで、二人の男の首を捩じ切っていたのである。

「はい、おしまい」

ぎょっとして銃を構えた残りの男達も同じように片付け、凛桜は頭髪を掴んで首を持ち上げた。

「構えるのが遅いんだよね。女だからって油断しちゃってまあ」

悠々と表に戻り、既に破られている門を通って土足で家の中へと踏み込む。
もう揉めたのか、何かが壊れる音が響いている。

「使いの者を送ったはずだが?」
「ああ……、痛めつけたらべらべらしゃべったぜ。アイヌの埋蔵金……。面白そうな話だ」

凛桜が追いつくと、誰かの足が天井から生えていた。先程の音は人間が天井を突き破ったものだったようだ。

和服姿の盗賊たちが囲炉裏を囲み、土方を見ている。
一番奥の煙管を持っている男が渋川だろう、と凛桜はあたりをつけた。首領というものは風格が違う。ひと目見れば大体わかるものだ。

「協力するか、殺し合うか。どちらか選べ」
「あんたの入れ墨、見せてくれよ」

まさに一触即発といった状況だった。
ただの人間なら裸足で逃げ出すだろう空気が漂う中、土方がちらりと凛桜に目配せした。

「出所祝いだ。受け取れ」

意図を察した凛桜は進み出て、持っていた首を畳に落とした。
襖を隔てた奥にもまだ人がいることを目線で伝えると、土方は軽く頷いた。

「外から包囲するために待機させていた、お前の手下どもだろう?襖の向こうにいる連中にも武装を解除させろ」

渋川が一瞬、凛桜の方に意識を遣った。
なぜこんな若い女がと疑問を持ったのも、その次に下衆らしいことを考えたことも明白。
彼は考え込むように目を閉じ、やれやれといった風に煙管を吸った。

「負けたよ。樺戸じゃあおとなしい男だとみんな騙されていたが、俺はハナからおっかねえ奴だと見抜いてたぜ」

素早く凛桜の方に手を伸ばし、渋川が手下に向かって叫ぶ。

「ブッ殺せ…」

言い終わる頃には、彼の命は尽きていた。
ライフルを構えた土方が躊躇なく、渋川の頬に銃弾を撃ち込んでいた。
男が人質にするために腕を掴むはずだった少女の姿はそこになく、いち早く手近な手下の顎を下から蹴り飛ばしていた。
骨の砕ける音と共に床に倒れた手下にはもう目もくれず、凛桜はその横にいた別の手下に強烈な肘鉄を食らわしていた。

「あ!」

呆れた様子で牛山が声を上げる。
後ろでは土方が襖にライフルを向け、容赦なく弾丸を見舞っていた。さらに彼は刀を抜き、銃を構えた手下の腕を斬り落とした。左手で持った銃をまた撃ち、絶命させると彼はおそろしく通る声で命を下した。

「皆殺しだッ!!ひとりもここから逃がすなッ!!」

鬼の副長と言わしめた風格は衰えることを知らず、未だ顕在。
ビリビリと轟く、雷にも似た凄味に全員の肌が粟立つ。

これが、幕末を生きた人間。

『人は死すべき時に死ななければ、死に勝る恥があると云います』

出発前、偶然耳にした永倉新八の声。

『土方さん……。あなたは死に場所が欲しいんじゃないのかね?』

今、この場で戦う土方を見ても、彼はまだそんなことを言うだろうか。
凛桜には、彼が死に場所を求めているだけの男には到底見えなかった。
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