夕闇×〇〇

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「なあ、凛桜」
「なーに、親分」

丁半の様子を見ながら、凛桜はのんびりと返した。
用心棒なのでもちろん周囲の警戒はしているが、やくざの賭場で何かやらかすような輩はあまりいない。今までに凛桜が動くようなことになった回数も、まだ二桁に届くか届かないかといったところだ。

「ここだけの話なんだけどなぁ」
「めっちゃ人いるけどね。うん?」
「誰も聞いちゃいねえよ。昨日、愉快な話を聞いてな」
「どんな話?」

凛桜は親分を見たが、彼は賭博を見ていた。

「妙な入れ墨をした奴らがいるらしい。その入れ墨を持った奴らを全員集めると大量の金塊の在り処を示す暗号になるそうだ。……どうだ、面白いだろう」
「はあ?」

何が面白いのか分からなかった凛桜は首を傾げた。

彼女は基本的に金に執着がない上に現実主義なので、男の浪漫というものに対する理解は薄い。
その様子を見てとった親分はやれやれと首を振り、残念そうにわざとらしく息を吐いた。

「金塊に何の興味もないのか、娘よ」

背後からの気配と声に、凛桜は振り返った。
長い白髪と髭を持つ男が至近距離で彼女を見下ろしていた。

「どちら様かな?」

給料分はしっかり用心棒としての仕事を果たす。警戒を少し滲ませながら尋ねると、男は喉の奥で笑った。

「良い目だ。この組の連中を全員圧倒したという話に嘘はないようだな。──私は土方歳三。若人よ、老人の金塊探しに力を貸す気はないかね?」
「それは、私があなたについて行くということで間違いないかな?ここには用心棒を引き抜きに来たと?」
「用心棒が欲しいわけではない。君には戦力として参加してもらいたいだけだ。どうだ?」

問いかけられ、凛桜は二度瞬いた。
ちらりと親分を見れば、特に何のこともない視線が返ってくる。彼は別段、どちらでも良いらしい。

「……まあ、確かに面白そうではあるけどね。別にいいよ、ついて行っても。簡単な条件は付けるけど」
「ほう?」
「ひとつだけ。私について、必要以上の質問をしないこと。それさえ守ってくれれば、あなたに付くよ」

──土方歳三といえば、有名な人物だ。
まさか知っている史実の人間を目にするとは思っていなかった凛桜は、内心驚いていた。
簡単に行くと返事をしたのも、好奇心が疼いたからだった。

「では、決まりだな。少女よ、名は?」
「凛桜。よろしくね、土方さん」

少女はにこりと笑った。
邪気と毒の混ざったような笑みだったが、不思議と誰も不快にさせない妙な魅力があった。
立ち上がり、土方と握手をすると凛桜は親分の方を向いて言った。

「私との契約は今日で終わりということでいいのかな?」
「ああ。ほれ、今月分の金だ。存分に暴れてこい」
「借りてる部屋に荷物置いてるけど、別にいらないから処分しておいて」

凛桜が半年住んでいた部屋は、親分が用意したものだった。恐らく彼の持ち物なのだろう。何度か入居者が変わっているのか、家具は一通り揃っていたが趣味はまるでばらばらだった。

「それじゃあ行こうか。歩きながら、あなたの話を聞かせてよ」

癖のある白髪を揺らし、先を歩く凛桜が土方を振り返る。
賭場や親分は既に眼中に無く、その瞳には土方の姿しか映っていなかった。
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