夕闇×〇〇

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──北海道、小樽。
白髪の頭が上下する。

跳ねるような──というよりも、ほぼスキップをしている少女がいた。

服装は着物に袴、履物はブーツ。
動きやすさを重視した格好である。
手足の自由のきく服を好む彼女が、この時代の国に溶け込めるようにと選んだのだ。
最初は洋装を探したのだが、上流階級などの一部しか着る者はいないらしく、それもドレスなどという動きにくいものばかり。彼女──凛桜の希望に沿うものは、なかったのである。
帯の締め付けと邪魔な袖丈を我慢することで、凛桜は和装を普段着とすることに決めたのだった。

半年前にここへ“来て”しまった日から、凛桜はこの小樽で過ごしている。

この北海道は凛桜の知る日本ではない。
さらにはその日本は、凛桜が半年前まで生きていた時代よりも前だ。

今は明治。江戸が東京に、政治が京都から東京へと変わった時代。産業革命や明治維新などがあり、それまでの常識ががらりと変わっていった頃だ。はじめて憲法ができたのも、明治時代である。

最近までロシアとの戦争があったということ、そして年号から考えるに今は明治末期だろうと凛桜は察していた。

「おや、凛桜ちゃん。これ持っていきな。美味しいよ」

大勢の人が賑わう歓楽街を歩いていた凛桜を、店の主人が呼び止めた。近寄ると大きめの包みを差し出され、彼女は素直に受け取った。

「なにこれ?」
「饅頭だよ。今から仕事だろう?みんなでお食べ」
「へえ。ありがとう、おじさん!」

嬉しそうに笑った少女に「仕事、頑張りなよ」と元気づけるように返して店主は店へと引っ込んだ。
包みを持った凛桜は再び歩き出したが、増えた荷物を見てその笑みは少し苦いものに変わった。

「……参ったな」

彼女は人間ではない。
喰種という名の人喰いであり、人間の食べ物は食べられない。
店主は凛桜を都会に奉公に出てきた少女としか見ていないのだろうが、彼女はそんな生易しいものではなかった。

通りを進んで行けば、徐々に雰囲気が変わっていく。それに合わせて顔に傷や、腕に大きな入れ墨を入れた男達がちらほらと増えていった。
一般人が立ち入るような店は少なくなり、代わりに賭場が現れる。
凛桜はその中でも一際目立つ賭場へ足を踏み入れた。

「丁!」
「半!」
「勝負!」
「うわあっつ」

入った瞬間に熱気が顔に張りつく。
反射的に顔をしかめ、凛桜は慣れた様子で奥の方へ進んだ。

「おう、凛桜。お前もどうだ」
「いや、むさ苦しいからいい。それより親分、饅頭食べる?」

親分、と呼ばれた男は、少女の言葉に眉を上げた。

「なんだ、もらったのか?てめぇで食えばいいじゃねぇか」
「こんなに食べられないよ。親分がお土産に持って帰りなよ」
「馬鹿言え、俺がこんなもん持って帰ったら何事かと思われるだろうが」
「別にいいじゃん」

親分の隣に控えるように正座し、凛桜はぐるりと賭場を見渡した。
特に異常はない。いつも通りだ。
普段、凛桜はこの侠客──いわゆるやくざの護衛としてこの場所に出入りしている。

文字通り周りの世界が突然変わり、生活に困った彼女は今まで通り、裏社会で生きていくことを決めた。
『護衛と暗殺ができるから雇ってくれ』と押しかけた凛桜を引き入れたのは、ひとえにこの親分の判断力だった。
当初チャイナ服を着ていた彼女を見て、彼は清──中国からの流れ者だと考えたらしい。『ここにいる野郎どもを倒せたら考えてやってもいい』という条件の元、乱闘が起こった。結果、無傷で“野郎ども”を圧倒した凛桜は気に入られ、現在に至る。

彼らは凛桜の正体を知らない。
凛桜が一切、誰にも明かしていないからだ。
ここには喰種がいない。言えばどうなるかなど、凛桜は容易に想像することができた。
今は軍国主義だ。軍を敵に回すようなことは避けたかった。
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