夕闇×〇〇

□T
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朝日が差し込む。
霧に包まれたHL独特の光だ。
あまり眩しさはなく、どこかぼんやりとした光。
凛桜はぱちりと目を開き、もぞもぞ動いた。
無意識に時計を探し、文字盤を見てまだまだ余裕があることを知る。

「……ザップ、おもい」

凛桜の腹にはザップの腕が乗っていた。
乗っているというよりかは巻き付いている、の方が正しいだろうか。筋肉質な身体はずっしりと重く、凛桜の腹を圧迫していた。
いつの間に絡みついてきたのだろう。知らぬ間に至近距離を許していたことを自覚し、凛桜は目を細めた。
凛桜は不眠症である。眠れたとしても少しの物音や衝撃で起きてしまう。
おまけに悪夢を見ることが多いので睡眠というものに対してあまり良い感情を持っていなかった。
今日は珍しいことに何の悪夢も見ず、ザップの気配にも気付かずに眠れたらしい。
気分を良くした凛桜はザップの腕を苦しくない腰のあたりにずらし、二度寝を決め込んだ。

再び目が覚めたのは、最初に起きた時から1時間ほど経った頃だった。
凛桜はぼんやりと微睡んでいたが、急に真横にいたザップがはね起きたことで覚醒を余儀なくされた。

「……嘘だろ…………」
「なにザップ……」

目を擦りながら瞼を押し上げ、凛桜はザップを見上げた。
彼は呆然とした様子で自分を見下ろし、それからぎくしゃくした動きで凛桜の方を振り返った。

「……なに?」
「まさか」
「うん」

身を起こし、凛桜はあくびをした。
ザップはそんな凛桜の肩を掴み、迫った。

「──ヤらずに寝たのか俺!?」
「…………」

だったら何だ。
思わず半目でザップを見てしまった凛桜だったが、質問には律儀に答えた。

「私が戻ってきた時にはもう寝てたよ、君。シャワー浴びてきなよ。今日も仕事でしょ?」
「……リオウは?」
「私は10時から」
「まだ寝れるな」
「寝ないよ。今から最近できたって評判のお店に行くの」

クローゼットから服を出し、ザップの分も投げて寄越す。いつの間にか増えていた彼の私物である。
凛桜とザップは同棲しているわけではない。
ここの家賃を払っているのは凛桜だし、家具や雑貨類を買ったのも凛桜だ。
ならばザップは何なのかというと、いわゆるヒモだった。
凛桜は鼻がいいので他に女がいることは匂いで分かる。彼は毎日ここに来るわけではないし、それを不服に思うこともない。
ザップのことは友達のようなものだと思っている。
凛桜が個人的に彼を気に入ったので、家に泊めたり財布を出したりしている。それだけだ。飽きたら終わりな関係である。
凛桜はルームウェアのワンピースを脱いで着替え始めた。
背後からザップがほふく前進でずるずるベッドを移動して近付いてくる。

「え〜〜〜、どこの店だよ?」
「表の通りのとこ。コーヒーが美味しいんだって。ザップ、ついてくるなら早くシャワー行きなよ。置いてくよ」
「……行ってくる。置いてくなよ」
「はぁい」

凛桜はひらひら手を振り、ザップを見送った。
ジーンズ生地のショートパンツを履き、黒色のシャツを着る。アクセサリーは邪魔なのでつけない。
ラフな格好だが、この場所ではできる限り動きやすい服装の方が良い。何が起こるか分からないからだ。
ザップがベッドに脱ぎ散らした服を拾い、洗面所の洗濯機まで運んだ。
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