夕闇×〇〇

□T
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長い白髪を揺らし、凛桜は振り返った。
ぱっちりした形の良い目がじっと玄関の方を見つめている。少し吊りがちのそれを不思議そうに瞬かせ、少女は首を傾げた。

「リオウッちゃーーん」
「なーに、ザップ」

クズ野郎が帰ってきた。
内心でそう思い、凛桜は立ち上がって男を迎えた。
濃厚な酒の香りを漂わせた、銀色の髪を持つ長身の青年。

「今、クズ野郎が帰ってきたって思っただろぉ〜!」

赤い顔に千鳥足。
誰が見ても酔っているとわかる外見である。

「やだなぁ、なんでわかったの」

笑い飛ばしながら、凛桜はザップを隣で支えている少年を見た。
黒髪。糸目。肩には小さな猿。無害そうな、平凡そうな少年だ。
ここヘルサレムズ・ロットには似つかわしくない、というか異質とも言える。
普通が通用しない街で普通の人間が暮らしているということが、もはや異常なのだ。
少年に興味が沸き、凛桜は彼に尋ねた。

「君は?ザップのー……あー……手下?」
「誰が手下だ!!こんな奴の手下とか死んでも嫌だわ!」

ものすごいキレのツッコミが入った。

「じゃあおともだち?パシリ?下僕?」
「なんかどんどん扱いが低くなっていく!?」
「で、どれ?」
「仕事仲間です!名前はレオナルド・ウォッチ」
「ふぅん。なかま。よかったねぇ、仲間だって。仲間いるんだね、ザップ。安心した」
「リオウ聞いてくれよひっでぇぇんだよぉ〜〜〜コイツ!優しくねェ!もうちょっと俺を労われぇぇぇぇ」

にこにこ笑っている凛桜とは対照的に、ザップは泣き崩れている。
支えられているレオナルドの手を離れ、彼は倒れ込むようにして凛桜に抱きついた。
細身とは言えど、ザップはそれなりに筋肉質である。相当な勢いだったが、凛桜はよろめくこともなく平然とザップの強襲を受けとめた。

「私は凛桜。ザップのおうちのひとつ。よろしくね、レオナルドくん」
「は、はい……」
「敬語はいいよ。堅苦しいのは好きじゃないし、歳も近いよね」
「あーっと、何歳?」
「18だよ」
「おわっ、年下だ。僕19」
「へー。レオナルドくんは何でこんなとこにいるの?」

凛桜は気になったことは直球で聞く。
この時も例に漏れず、レオナルドの糸目をじっと見て興味津々に尋ねた。
だがその答えを聞くことは叶わなかった。
ザップが邪魔をしたからである。

「なぁぁぁにザップ様を差し置いて仲良くなってんだてめーらぁぁ!いいか陰毛頭、俺は今からリオウと寝室へゴー!なんだよぉぉテメーみてぇな童貞とは違ってな!」
「レオナルドくん童貞なの?」
「えっいや、その……あの、」
「だから頭が陰毛なの?」
「いやちげーわ。頭は関係ねーよ」

悪気なく聞いた凛桜である。からかうつもりはないが、どこか邪気を孕んだ声だった。
一癖も二癖もありそうな少女だと察したのか、レオナルドがすっと身を引いた。
賢明な判断だと密やかに笑い、凛桜は再び騒ぎ出しそうなザップを横から支えながら背を向けた。

「ザップを届けてくれてありがとう、レオナルドくん。ちょっと待ってて。ほらザップ、ちょっとは自分で立って」
「うお〜〜〜〜、リオウちゃん強引だなぁ。今日はそういうプレイの日かぁ?」
「はいはい。寝言は寝てから言ってね」

大の男を半ば引きずるようにして寝室まで行き、セミダブルサイズのベッドに転がす。慣れた手つきで靴とベルトを取り、上着を脱がせてハンガーに掛けた。
ちょっかいを出そうと伸びてきた手をべしんと叩き、凛桜はザップを置いて部屋を出た。

「えーっと。あ、これこれ」

リビングに戻り、テーブルの上に置いてあった荷物を漁る。
そこから小さな紙袋を取り出し、凛桜はレオナルドに手渡した。

「あげる。バイト先からの貰い物だけど」
「えっ」
「なんて言ってたっけ。なんとかって店のドーナツ。甘いもの苦手?」
「い、いや、大丈夫。え、いいの?」
「いいよ。私からのお礼。レオナルドくん、あんまり食べてなさそうだし。ヒューマーがやってるお店らしいから、たぶん変なものは入ってないよ」

レオナルドが中身を覗き込む。
確認するのは良いことだ。特にこんな街では。

「あ、あの角の店か!いつも行列できてるとこの!」
「有名なところ?」
「わりと有名じゃないかな。僕の職場から近い場所にあるから気になってたんだ。ありがとう、リオウちゃん」
「そっか。それならよかった」

嬉しそうなレオナルドを見て凛桜も微笑んだ。ザップにあげようと思って持って帰ったが、彼はどちらかと言うと辛党なので少し躊躇っていたのだ。

「リオウちゃんは?せっかくもらったんだし……」
「私はいいよ。お腹すいてないし。レオナルドくんが食べて」

正確には食べられないから、というのが理由だがそれを言う必要はない。
適当に理由をつけて誤魔化し、凛桜はレオナルドを言いくるめた。

玄関先で見送る時、彼は気にかけるようにして何度か振り返っては手を振って去っていった。

「律儀だなぁ」

くすくす笑いながら扉を閉め、少女は鼻歌まじりに家の中へと戻った。
リビングの電気を消し、寝室へと向かう。

部屋の扉を開けた時、フレグランスの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
ベッドの上ではど真ん中でザップが大の字になって鼾をかいていた。
下敷きになっている掛け布団を横から引っ張り、強引にザップの身体を転がす。

「おやすみー」

無理矢理ベッドの端に寄せた男にも布団をかけてやり、凛桜はその横で丸まった。
目を閉じたからといって眠れるわけではない。
けれど、今夜ばかりは少し寝つきが良いような気がしたのだった。
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