Girlish Maiden

□Z
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有希子と会う約束をした日の前日。
あの日以降、飛鳥は夕方までは日本での仕事を、夜からはイギリスへ行ってまた帰ってくるという激務を繰り返していた。4日ほど零に会っていないが、元気だろうか。
イギリスで急務が入ったのでしばらく帰れないと伝えた時、少し疲れの滲んだ声をしていた。

今日は久しぶりにゆっくりできる日なので、飛鳥は米花町を散策していた。
ポアロに零がいたら、顔を見せておこうと思ったのだが──

「……間が悪かったみたいやね」

外から混雑している店内を見て、飛鳥は入ることを諦めた。零もいないようだ。

時計を見れば3時を指していて、なるほどと納得する。少し遅めの昼食やティータイムの客で賑わう時間だ。
ポアロは大通りに面しているため、客の入りが良い。固定客も多いこともあるのだろう。

ならばと思い、飛鳥はもう少し奥まった方向へ足を向けた。
ポアロがある5丁目を抜け、4丁目に入る。飛鳥はしばらく辺りを彷徨った。

そして、喧騒から隠れるような場所に一軒の喫茶店を発見した。
黒い、こぢんまりとした店だった。
扉を開けて入ってみると、数人の客がくつろいでいる様子が目に飛び込んでくる。

「いらっしゃいませ」

近くで若い店員、奥のカウンターでマスターらしき壮年の男性が同時にそう言った。
珈琲の香りが鼻腔をくすぐる。普段紅茶しか飲まないので珈琲には詳しくないが、飛鳥は好きな匂いだと思った。

「お好きな席にどうぞ」

落ち着いたジャズが流れること以外はほとんど音がない店だった。知る人ぞ知る、といった店なのだろう。心地良い物静かさがあった。

「このホットサンドと……、珈琲頂けますか?」
「はい。少々お待ち下さいね〜」

店員が伝票に注文を書き留め、にこりと笑う。静かな店なので無愛想かと思いきや、雰囲気に反しそうでもない。
そう思っていると、客の一人が店員を呼び止めた。

「おーい、──ちゃん。珈琲おかわりくれるかな」
「はーい。原稿は進みました?」
「締切までなんとかぎりぎりってとこだね。やっぱりここに来たら捗るよ」
「あはは、毎度ありです〜」

二人は親しげに会話をするが、静かな空間の邪魔には全くならない。ポアロとはまた違った良さのある店だ。
店内も黒が多いが、窓が大きいため暗さはない。静かだが緊張感はなく、眩しくもない。

しばらくして、店員がホットサンドと珈琲を持ってやってくる。伝票と一緒にテーブルに置くと、彼女はまたにこやかに笑った。

「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」

軽く頭を下げて店員が去っていく。
ほぼ連日徹夜だったせいで、昼過ぎまで寝ていた飛鳥は空腹だった。
ホットサンドに手を伸ばしたくなる衝動を堪え、コーヒーカップを取り上げる。

「……あ、」

カップとソーサーに野いちごが描かれているのを見つけ、飛鳥は少し嬉しくなった。馴染みあるイギリスのメーカーが日本でも使われているのは、何となく心が温まる。
コーヒーカップではなくティーカップだが、ロンドンの家にも同じものがある。人間、共通点を見つけるだけでも少し気分が良くなるものである。

香りを楽しんでから口を付ける。苦味と少しの酸味が、一気に広がった。

「……美味しい」

距離は遠く、聞こえるはずもないのだが、カウンターにいる店員の少女が嬉しそうに笑ったような気がした。

(夕闇少女友情出演)
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