Girlish Maiden

□Y
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一週間後。朝。
重い身体を起こした飛鳥は、未だ見慣れない部屋の内装をぼんやり見た。
家の中に零の気配はなく、既にどこかへ出かけたことを知る。

右手をゆっくり握り、開く。それを三度ほど繰り返し、寝る前と何ら変わりのない状態にため息を吐いた。
ある程度動くまで持ち直したはいいが、それからはずっと平行線のまま。回復の兆しは見られない。

飛鳥は鏡の前に立ち、笑顔を作った。
右側が明らかに引き攣り、強ばった。
左手で頬を掴み、乱雑な手つきで揉む。右の腕と足も適当にぶらぶら揺らしてから伸ばす。
完全自己流のストレッチだったが、酷くはなっていないので不正解ではないのだろうと飛鳥は解釈していた。

数日ほど魔法を連発したが、身体には何の影響も出ていない。

「……となれば、術は…………」

棚に置いた呪符を見る。術者の飛鳥が使えば意味を成すが、只人が触ってもただの紙だ。零は気になるだろうが、飛鳥はずっとそこに置いていた。

今後使うような事態にならないことを心の内で祈り、飛鳥は呪符から視線を外した。

クローゼットを開け、服を出す。
飛鳥は必要なものは全て、この家に移していた。零の寝室を占領するわけにはいかないので、魔法で縮めてベッドも運び込んだ。
零によればここはセーフハウスの一つだが、ポアロから近いため頻繁に使っているのだという。帰らない時もあるだろうが、気にしないでくれとも。

時刻は7時過ぎ。
洗面所に行って顔を洗い、化粧水を塗る。
飛鳥が来たことで、必要最低限のものしかなかったこの家に少し色が増えた。
例えば歯ブラシ。化粧道具。靴。箸。
キッチンに行けば、飛鳥が持ってきたマグカップが食器棚にちょこんと置いてあるように。

「……ん?」

手早く化粧を済ませ、向かったリビングの机にメモが残されていた。
その隣にはサンドイッチの乗った皿がラップされて置かれている。

「……“どうせ自分ではしないだろうから作っておいた。食べろよ”」

多忙な身で飛鳥のことまで気にする零には頭が上がらない。せめてもの代わりに掃除や洗濯をしているが、魔法を使えばすぐに済むためにどうにも釣り合わない。
サンドイッチを食べながら、飛鳥は新聞を手に取った。魔法界のものではなく、零が取っているマグルのものだ。
目立った事件がないか見出しを見ていく。特に大きなものはなく、政治や将棋の話題が多かった。

飛鳥はそういった目を引くものではなく、小さな記事を中心に追って行った。

「……都市部でガス漏れ。工事現場から鉄骨が落ちる。竜巻に子供が巻き込まる。いずれも怪我人はなし」

全て事件性はなく、事故として片付けられたもの。
ガス漏れや鉄骨落下は監督不行届で済まされ、竜巻は突発的な自然現象。紙面はそう語るが、飛鳥の表情は険しかった。
何故ならばこれらは、魔法省が関わったものばかりだからだ。

事故に見せかけた魔法使いの犯行を誤魔化すため、被害者の傷を治し、記憶を修正した。
犯人は捕まっていない。

飛鳥と闇祓い達が駆けつけた時には既にどこかへ“姿くらまし”した後だった。
そこまで派手ではない事件が多く、まだ揉み消せるレベルだが──、

「……嫌やねぇ、この感じ。踊らされてるみたいで」

最後の一欠片を口に放り込み、新聞を畳む。

「ごちそうさまでした」

席を立ち、食器を洗って棚に戻す。
そして部屋の電気を消すと、飛鳥はローブを羽織った。
玄関へ行き、靴を履く。
そのままドアの方へは近付かず、飛鳥はその場に立っていた。
数秒後、軽い音と共に彼女の姿は玄関から消えていたのだった。
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