Girlish Maiden
□U
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──好きだと言われた方がましだった。
飛鳥は零から目を逸らし、机の上に落とした。
彼は的確に飛鳥の詰めが甘い場所を暴き、容赦なく晒した。ことごとくを探ろうとする様はどこかで覚えがあった。
逃げられない。飛鳥は零から、逃げられない。
退路を断たれ、追い詰められたら、もう。
「……なんで、」
逃げなければ。彼の前から消えなければ。そう思って、来たのに。
いつまでも嘘をついたままは嫌だと、せめて誠実であろうと全て明かした上で、それで──。
「なんで……」
それ以上の言葉は言えなかった。
せっかく取り繕っていた平静さも剥がれてしまった。
握られた手が温かくて、どうしようもなく悲しかった。
「勘違いだったら相当格好悪いんだが」
その先を言わないで欲しいと、願った。
飛鳥が気付かないようにしてきた、目を背け続けてきた感情を突きつけないで、と。
「──俺達、両思いだと思うんだけど」
耳の奥で、硝子が割れたような音がした。
きっとそれが限界だったのだと、彼女は悟った。
笑って否定することができない。
ホグワーツで何度もしたようなあしらい方ができない。
得意なとぼけ方も話の逸らし方も忘れてしまったように。返事もろくにせず、飛鳥はただ息をした。
喉の奥に何かがつかえたような感覚がし、それと同時に頬を冷たいものがつたい落ちた。
「飛鳥、」
ぱりん、と音が鳴る。自分の中で何かが壊れたのだと、飛鳥は思った。
ポタポタと机に雫が落ち、視界が滲んだ。
零が焦った様子で立ち上がり、飛鳥の横に膝を着いて座った。
なみなみに注がれた液体がついに溢れ、零れたようだった。
声も出さず、表情ひとつ変えずに。
栓のない蛇口のように、人形はぽろぽろと感情を落とした。
「……零くんのために、生きたい」
飛鳥が初めて自らの望みを意識し、口に出した瞬間だった。
零は腕を伸ばし、小さな頭を胸に抱いた。
もう何年、泣いていないだろうか。漂白された頭の中で、飛鳥は考える。
ホグワーツに再入学した時から?闇祓いになった時から?……叔母夫婦が亡くなった日から?
(あ……、そう、か)
記憶の隅に追いやって、いつしか忘れていた。零との本当の──最初の再会の日。
なぜ零が飛鳥の特別になったのか、その理由。原点。
「……あなただけが、希望だったから」
頤が震える。温かい腕と一定の速さで動く心臓の音に、鼻の奥がつんと痛くなった。
顔をくしゃくしゃにして、飛鳥は零に縋りついた。
「ごめ……っ、ごめ、なさ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ただただ申し訳なくて、膨れ上がった罪悪感に押し潰されてしまって。どうしようもなくなって、流されてしまった。
嗚咽を漏らす飛鳥を痛いほど抱きしめ、零は何も言わなかった。
彼女がこんな姿を見せるのは、恐らくこれが最後だろうと思ったからだった。
一緒にはいられない。飛鳥がそう考えているのは、痛いほど分かった。──けれど。
これ以上、重荷を背負わせてはいけないと。せめて自分だけはきちんと向き合ってあげなければ、取り返しのつかないことになってしまう。
腕の中の痩せた身体を確かめるように、零は背中をゆっくり撫で続けた。