Girlish Maiden

□U
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「待て、飛鳥」

杖を握る飛鳥の手を、零は上から包み込むように触れた。
静かに、だが困ったような瞳で飛鳥は唇を薄く開いた。

「俺の記憶を全て、消す気だろう」

飛鳥は何の反応も返さなかった。
恐ろしいほどの精神の安定を取り戻した彼女を動揺させ、真実を晒させることはほぼ不可能。闇祓いとしての実力は十二分にあり、辞めて数年経つ今もそれは衰えていない。
ダンブルドアが指摘した飛鳥の弱点はその歪められた性質にあるが、逆にそれさえなければ鉄壁の城塞と化す。──まさに、最も守護に向いている人物なのである。
特に“誰かを助けること”として機能するならば、何が何でも守り通す。たとえ、その誰かに嘘をつくような事態になったとしても。

「そんなことせぇへんよ。ちょっと頭がぼーっとするかもしれへんけど、ちゃんと記憶は戻すさかい」
「嘘だな」
「疑うのもしゃあないけど、零くん──」
「飛鳥の話を聞いただけでも分かる。最初から記憶を戻すつもりなんてないだろう。“全部戻して今後一切姿を現さない”より、“俺から飛鳥という存在ごと消して今後一切姿を現さない”という方が筋が通る。それにな」

零は慎重に杖を掴み、自分の方へ引いた。
意外にもそれは呆気なく飛鳥の手から離れ、零の手に渡った。

「俺の記憶をどうするにせよ、飛鳥。消えることは許さない。しばらく日本に留まるなら、近くにいればいい」

遠く離れたイギリスから、定期的に護符を替えに来ていたという飛鳥。その行動の意味は、ひとつしかない。

「死ぬほど俺のことが大切なら、そばにいて──離れないでくれ」

飛鳥の目が、ゆるりと揺れた。
ポーカーフェイスは崩れず、だが内側で確かに感情は動いた。

飛鳥が言葉通り死にかけたことなど、零自身は知らない。ただそれとなく口にしただけだ。意味はない。

深窓の令嬢のような外見は昔と変わらず、神秘的な風柄だ。最初は幼く見えていたが、今は年齢不詳の不思議な女に見えた。
雰囲気を意図的に変えているのか、無意識なのかは分からないが器用な芸当をしてのけると零は素直に感心した。

「……大切やから、離れるのに?」
「大切だと思うなら、幸せにはしてくれないのか?」

なんだか台詞が逆のような気がする。
頭の片隅でそんなことを思いながら、零は飛鳥の手を包んでいる手に力を込めた。

「俺と一緒に生きてくれ、飛鳥」
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