Girlish Maiden
□T
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零は近くのコンビニで必要なものを買い、足早に家へと戻った。
洗面所からはドライヤーの音が響いていた。彼女はもう上がったらしい。
早いなと思いながら、ドライヤーが終わるまで部屋の前で待とうと壁に寄り掛かった。
それとほぼ同時に音が止まり、ドアが開いた。
顔を覗かせた飛鳥の髪はまだ生乾きで、零が貸した部屋着を着ていた。体格差のせいで裾も袖も長く、だぼだぼのワンピースのようになっている。
気配を察して出てきたのだろうか。零は驚いた。
「……ありがとう」
少し落ち着いたのか、飛鳥の声は先程よりもしっかりしていた。
コンビニの袋を受け取ると彼女は再び中に引っ込み、ドライヤーで髪を乾かし始めた。
零はキッチンに移動し、やかんに水を入れて火をつけた。紅茶のTバックをマグカップに入れ、湯が沸くのを待つ。
──飛鳥はどうやって、この場所を突き止めたのだろう。
彼は、飛鳥に奇妙なほど強い既視感を抱いていた。
記憶の中では彼女と二十年は会っていない。
成長した姿など見たことがないはずなのに、顔を見ることもなく玄関先で飛鳥だとすぐに分かった。懐かしいと思うこともなく、ついこの間会ったような感触だった。
彼女を家に通したのはもちろん同情や疑念が強かったからだが、他人を家に上げる抵抗感が限りなく薄かったからでもあった。
いくら幼い頃に一緒にいたからといって、二十年経って再会した相手を何の抵抗もなく自宅に招ける人間はまずいない。幼少期の記憶をほとんど覚えていない人もいるくらいだ。大人になってから出会い、久しぶりに会うのとは話が違う。
それに加え、飛鳥自身の行動。
彼女の態度も、長年会っていなかった人物と再会した時のそれではなかった。そもそも選んだ先が“二十年ぶりに会う人物”よりも、“幾らか頻繁に会う人物”という方がしっくりくる。
まとめると、飛鳥と零は定期的にどこかで出会い、零はそのことを忘れている。そんな突拍子もない結論が出てしまう。
それが本当ならば、記憶が消し飛ぶほどの失態を何度もしでかしていることとなってしまうのだが──、他にこの違和感を説明できる要素が思い浮かばない。
「……飛鳥は、“何”だ?」
彼女のことを何も知らない。苗字も国籍も、年齢さえ分からない。
沸騰した湯をマグカップに入れると、廊下の向こうから扉が開く音が届いた。
ひたひたと裸足特有の足音が近付き、飛鳥がためらいがちに姿を現した。
「シャワー、おおきに……」
「いや。事情を聞いてもいいか?」
Tバックを捨ててからテーブルにマグカップを運び、飛鳥にかけるよう促す。
彼女の向かい側に座り、できるだけ自然な口調で問いかけた。
「…………その」
「うん?」
大きく目を泳がせ、飛鳥は椅子の上で小さく縮こまりながらぽそりと話し始めた。
「うち、零くんに謝らなあかんことがあって……」
「うん」
「なかなか決心付かんし、このまま会わん方がええと思ったんやけど、あの……、ちゃんとけじめはつけなあかんと思て」
眉を寄せ、辛そうな表情で飛鳥は言った。
だが、伏し目がちだった瞳がついと上がり、零を見つめた。
「零くんなら、知っとるかな。うち、魔法使いなんよ」