Girlish Maiden

□Y
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「解除したら、帰れ。連絡はしておいた。すぐ来るじゃろう。薬は毎日飲め。気休め程度にしかならぬかもしれんが、ないよりマシじゃろう。日本でしっかり療養することじゃ」
「…………はい?」

言いたいだけ言うと、老婆はさっさと出ていってしまった。意味を飲み込めずにいる飛鳥を置いて、ダンブルドアも老婆を追って廊下へ行ってしまった。
数分後、戻ってきたダンブルドアが椅子を引いてベッドの脇に座った。

「アスカ。トヨの言う通り、解除してくれんか」

ダンブルドアの言葉は、先程とは違い現実味を帯びて重くのしかかった。
トヨ──先程の老婆は、日本の魔法学校マホウトコロの元校長だ。陰陽師に詳しく、魔法と陰陽術を混同していた五宮家にそれを指摘したのが彼女だった。
今はなぜか聖マンゴ魔法疾患傷害病院で働いている。飛鳥がディゴリー夫妻に聖マンゴを頼れと言ったのも、トヨがそこにいることを知っていたからだった。

「守護の術式は、術者に大きく負担をかけると聞いた。……アスカ、解除しなければその身体は永遠に治らぬどころか死んでしまうのじゃ」

飛鳥は息を止めた。上手く空気を吸えなくて、思考がまとまらなくて、混乱していた。

「私はもう……、いりませんか」
「アスカ、そうではない」
「役立たずの私は、必要ありませんか」
「アスカ」

飛鳥の腕を掴み、ダンブルドアはそのブルーの瞳を燃え上がらせた。

「アスカ、わしが君をハリーの守護に任命したのは他でもない、君のためじゃった。イツミヤの呪いがあるうちは、闇祓いには向かんと思うておった。比較的安全なホグワーツで呪いを解ければよいと、思うておったのじゃ。ハリーを守ることで真に大事なものは何か、君が周囲に何をもたらすかを知って欲しかった」
「……それで私は何か、変わりましたか」

ダンブルドアは悲しげに首を振った。

「わしが間違っておった。アスカ、君の呪いは治まるどころか酷くなっておる。セドリック・ディゴリーの件が最たる例じゃ。あの術があれほど負担のかかることだと君はわしに言わなかった。……アスカ、騎士団を抜けるがよい。日本へ帰り、身体を治すのじゃ」

飛鳥は絶句した。
それはこの時の彼女にとって、死刑宣告にも等しい言葉だった。

「帰る……?どこへですか。私の帰る場所はこの国です。日本ではありません。日本に、帰る家は存在しません」

ずっと誰かのために生きてきた。
そうすることが当然だと教え込まれて、その通りに生きてきた。
それをこの人は、やめろと言う。

「騎士団を抜けて、あなたのそばを離れて、日本に行って?どうするんです。あの国で、私にどう生きろと言うんですか」

下で何か物音がした。
ブラック夫人の肖像画の喚く声が響く。

飛鳥は、ダンブルドアに裏切られたような気分だった。
誰よりも飛鳥のことを知っているはずの人が、飛鳥の最も忌避することを押し付けてくる。

カツカツと革靴が床とぶつかる音がし、ドアの前で止まった。ノックもなしにドアが開かれ、二人の男が入ってきた。
一人は五十歳ほどの背の低い男。もう一人は黒のスーツに身を包んだ、それよりも大分若い男。両方、日本人だ。

「───迎えに来た」

その声と言葉に、飛鳥はあまりの衝撃を受ける。
壮年の男は冷ややかに飛鳥を見下ろすと、スーツの男に顎をしゃくった。

「連れて行け」

息を呑んだまま呆然としている彼女の腕を掴み、スーツの男がその身体を抱え上げた。

「な───」
「口ごたえをするな。何も話すな。身動きをするな。私の言うことに従え」

──なぜ。
なぜ、今。このタイミングで。
飛鳥を担いだ男は階段を降りている。うまく機能していない頭を無理矢理働かせ、飛鳥はトヨの言葉を思い出した。

『連絡はしておいた』。
そして──、『すぐ来るじゃろう』。

固まった体に、熱が灯った。
胃の底から熱の塊が昇ってきたように、怒りがこみ上げた。

一階に着いた瞬間、飛鳥は思い切り身体を捻って男の脇腹を左足で蹴り上げた。
そうして飛鳥は自ら床へ落ち、衝撃と背中の痛みに耐えながらも壮年の男を睨み上げた。

「──帰りません。あなたと私の間にあった縁は、20年前に絶えました。今の私は東雲の人間。五宮とは何の関係もありません」

血縁上の父に、そう言った。
声は情けないほど震え、表情もうまく動かせない。
振り上げられた手を避けることも、飛鳥には難しい。
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