Girlish Maiden

□V
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なぜ忘れていたのだろうか。
高校生ほどに見える飛鳥の横顔をカウンターから伺う。
どう計算しても20はとうに超えているはずだが、童顔にも程があるだろうと思うくらい若い。

彼女は真剣な表情で手紙を読んでいた。
遠目だが日本語ではなく、アルファベットの羅列が並んでいるのが見える。
子供の頃から変わらない長い黒髪を背に流し、理知的な瞳が字を追っていた。
その動きが突然、ぴたりと止まる。

「…………は?」

思わず声を出してしまったように小さく呟き、飛鳥が顔を上げた。
焦った様子で腕時計を見遣り、軽く腰を浮かせる。
それと同時に、店の扉が開いた。

「アスカ〜〜〜!!」
「ちょ」
「久しぶりね!ほんとに久しぶりだわ!私、日本は初めてよ!後で案内して!」

店に英語が響いた。
明らかに日本人ではない女が顔を引き攣らせた飛鳥へ一目散に駆け寄り、その勢いのまま抱きついた。
その後ろから、ぞろぞろと外国人が入ってくる。
物珍しそうにポアロを見渡し、呆気に取られている客や零の方を見て数人が眉を上げた。

「おや?」
「これは間違えたな」
「トンクス、落ち着いて。それとあなた達、早まりすぎよ」

女性を引き剥がし、飛鳥が流暢なイギリス英語で入ってきた人々に文句を言う。

「トンクス、皆と外で待っててちょうだい。お店に迷惑だわ」

全員を追い出し、飛鳥が若干疲労の浮かぶ表情で荷物をまとめて立ち上がった。

「……ごめんなさい、騒がしくて」
「いいえ。お友達ですか?」
「ええ。近くまで来ていたみたいで、突然」
「英語、お上手ですね」

レジで支払いをしながらそれとなく聞く。
自分の顔を見ても表情ひとつ変えない彼女の頭の中を探りたくて仕方がなかった。

「しばらくイギリスに住んでいたので。先週帰国したところなんです」

飛鳥が釣りを受け取り、財布に仕舞う。
隙間から覗く中身は日本円のみで、ポンドは見当たらなかった。

「……何をしてるかは知らんけど、程々にね」

扉へ向かう直前、飛鳥が囁いた。
ほとんど音にならないほどの声で「零くん」と。



「お互い、難儀やねぇ」

見送りを装ってその背を追いかけた。
外に出た時、そう言って飛鳥は苦笑していた。

「……けど、堪忍な?うち、また零くんの記憶消さなあかんのよ」
「飛鳥……?」
「軽くしてしまうんは、うちのエゴなんやろね……。うちの存在ごと記憶から消すんが一番ええんやけどね」

軽率に名を呼んでしまったことも忘れて、どういうことだと声を上げかけた。
それよりも早く。悲しそうに、飛鳥が忘却の呪文を唱えていた。

「オブリビエイト」

頭に靄がかかったように、ぼうっとする。
夢の中にいるような感覚に陥る。
急速に、記憶が覆い隠されていく。

「……また遭う日まで、さよならやね」

今度こそ、飛鳥が零に背を向ける。
手の届かない、たどり着けないほど遠い場所へ行ってしまう。──また。

ああ、こんなことが、もう何回も──あったような。

なんとか伸ばした手が空を切った時にはもう。
彼は、自分が外に出た理由さえ忘れてしまっていた。
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