Girlish Maiden

□V
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それはまだ、降谷零が子供だった頃。
彼は一時期、とある歳下の少女と遊んでいた。

彼女と出会ったのは、いつ頃だったか。
他の子供と喧嘩ばかりしていた零の元に、ふらりと姿を現したのだ。
少女は飛鳥と名乗った。
背中まである癖のない豊かな黒髪が印象的な少女だった。
幼心に、綺麗な子だと思った。

飛鳥は見た目の割に活発な子供だった。深窓の令嬢のような大人しい顔をしているくせに口が悪く、怪我をしては泣いて帰る零を辛辣な言葉で迎えた。

「またやの?飽きひんねぇ。喧嘩ばっかりしよったらそのうち、わるぅいお化けに連れてかれるよ?」
「だって……」
「手ぇ出すから怪我するんやないの。口で勝てば済むことやろ?」

言っていることは辛辣だが口調はあくまでも柔らかく、そこにきつさや棘は感じない。
自分よりも幼いはずの、歳下の少女に毎回たしなめられ、零はいつもぶすくれながら彼女の言葉に頷いていた。
そうして一通り小言を言うと、飛鳥はいつも零の怪我の手当をした。
彼女にされた手当は治りが早かった──と思うのは、記憶の美化だろうか。

(いや──、本当に早い、というよりも)

その場で、傷が消えていなかったか。

──降谷零は思い出す。

絆創膏を貼った上から彼女が手を重ねて、「痛いの痛いの飛んでいけ」とおまじないを言う。そうすれば痛みが本当に消えて。

「剥がしたらあかんよ?」と飛鳥は言ったが、一度だけそれを無視したことがある。

あれは確か、彼女と最後に会った日。

「さよならやね、零くん」

膝に絆創膏を貼った後。また明日会えるかのようにあっさりと別れを告げた彼女に怒って、零はそのまま帰った。
帰宅して、走ったというのに全く痛まない傷にさすがにおかしいと感じた。
幼子に使うおまじないを未だに信じるような歳でもなかった。暗示かなにか、そんなものだろうと何となく思っていたのだ。

絆創膏を剥がしてみて――驚いた。

傷は跡形もなく消えていた。
触っても痛みや傷の感触は全くない。
咄嗟に、零は走って戻っていた。
彼女といつも会っていた公園を目指して、一目散に駆けた。

飛鳥は、いなかった。

がっかりして──、そして零はあることに気付いて呆然とした。
飛鳥という名前以外。
彼は、あの幼い少女のことを何ひとつ知らなかったのだ。
名字、年齢、どこに住んでいたのかさえ。
唯一分かるのは、飛鳥の喋り口調が京都弁だったということのみ。

だが、あそこは京都ではない。それどころか、日本でさえなかった。

遠く離れた、英国だった。
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