Girlish Maiden
□XVII
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「競技中に何があったかは、私も詳しくは分かりません。唯一はっきりしていることは、セドリックに死の呪文が使われた。それだけです」
夫人がごくりと息を呑んだ。
ディゴリー氏は何度か口を開いたが、何も言わずに先を促した。
「私は予防策のため、セドリックとハリーに強力な守りの呪符を渡していました。命の危険に晒されたとき、それが身代わりになって対象者を無傷で守ることができます。……理論上では」
焼け焦げたお守りを見せ、飛鳥は血の気のない顔のセドリックを見下ろした。
──そう。計算上では、セドリックは生きて戻って来られるはずだった。
「では……?」
「私の術が未完成だったこともあり、呪符は完璧ではありませんでした。今のセドリックは、『死んではいない』状態です」
非常に微弱な心拍と呼吸。
マグルの言い方で喩えるならば、仮死状態。
「いつ目覚めるのか、そもそも目覚めるのか、私にも分かりません。前例もないはずです」
ディゴリー夫妻の目を見ることは、辛いことだった。
罵倒は覚悟していた。殴られても仕方のないことをした。
未熟な術を使うなど、本来してはいけないことだった。
「……申し訳ありません。セドリックがこんな状態になってしまったのは、私のせいです」
飛鳥は頭を下げる。
数秒の沈黙が流れ、そして夫人の手が伸びてくるのを飛鳥は唇を噛み締めて見た。
「……顔を上げてください。あなたは何も悪くありません」
「───……」
夫人の手が飛鳥の肩に触れ、優しく撫でた。
思わず顔を上げ、飛鳥は言葉をなくした。
「君は息子の命を救ってくれた恩人だ。息子も感謝しているだろう」
「ご自分を責めないでくださいな。死の呪いを回避する術はないと言われていたのです。この子は幸運でしたわ」
夫妻の目に涙が浮かぶ。
それが本当に嬉しさから来ているのか、飛鳥には分からなかった。
疲れきって正常な判断ができないせいだと思い、セドリックを見た。
「……凶兆が出ていた時から、死相が見えた時から、何とかできないかと……。この結果が良い事なのかは、私には分かりません。伝手を探してみますが、あまり期待は……」
陰陽師関係の人脈がないことが何よりも悔やまれた。
ないものねだりをしても仕方ないことは分かっている。それでも飛鳥は、目の前で人が死ぬのを見過ごしたくはなかった。
「癒者を探すなら、陰陽師と繋がりがある人をお勧めします。かなり稀少ですが、まだ辞めていなければ聖マンゴに一人いたはずです」
死の呪いによる仮死状態。
聖マンゴは大騒ぎになるだろう。
扉が突然開き、複数の人が入ってきた。
「ハリーはどこ!?」
「ここにもいないわ、一体どこへ行ったの?」
「何が起こってるんだ?」
潮時が来たらしい。
飛鳥は夫妻に目礼し、カーテンを開けて医務室のドアを見た。
「ハリーはダンブルドアと一緒にいるわ。そのうちここに来るでしょう」
マダム・ポンフリーを取り囲んだウィーズリー夫人、ビル、ロン、ハーマイオニーが同時に飛鳥の方を振り返った。
「アスカ!今までどこに──いや、何を?」
ビルの質問に答えようと口を開いた時、再びドアが開いた。
全員が一斉にそちらを見た。
ハリーとダンブルドア、そして黒い犬が入ってきていた。
「ハリー!ああ、ハリー!」
ウィーズリー夫人がハリーに駆け寄ろうとしたが、ダンブルドアがそれを制した。
「モリー。ちょっと聞いておくれ。ハリーは今夜、恐ろしい試練をくぐり抜けてきた。それをわしのために、もう一度再現してくれたばかりじゃ。いまハリーに必要なのは、安らかに、静かに、眠ることじゃ。もしハリーが、みんなにここにいてほしければそうしてよろしい。しかし、ハリーが答えられる状態になるまでは、質問をしてはならぬぞ。今夜は絶対に質問してはならぬ」
ウィーズリー夫人は真っ青な顔で頷いた。
「ポピー、アスカにも何か薬を。かなり疲弊しておるようじゃ」
「それは良いですが、校長先生。いったいこれは──?」
マダム・ポンフリーは犬を睨みながらダンブルドアに尋ねた。
「この犬はしばらくハリーのそばにいる」
ダンブルドアの説明を聞き流しながら、飛鳥は近くのベッドに腰掛けた。
途端に気が抜けたのか、ひどい眩暈が視界を襲った。こめかみがズキズキと悲鳴を上げ、胃が焼けるように痛んだ。
目を覆い、飛鳥は倒れ込んだ。
「アスカ!」
気付いたビルが慌てて駆け寄る。
寝間着を持ってきたマダム・ポンフリーが飛鳥の靴を脱がし、ビルを追い出してカーテンを閉めた。
「無茶をしすぎです、あなたは!昔はもっと大人しかったのに、どうしてこんな人になってしまったんでしょうね」
小声で小言を言いながら、マダム・ポンフリーは手際よく飛鳥を着替えさせた。
「薬を持ってきます。まだ寝てはいけませんよ」
生憎、痛みで寝るどころではない。
いっそのこと気絶したいと思いながら、飛鳥は痛みに耐えた。
ハリーのベッドへ行き、同じように寝間着を渡してからマダム・ポンフリーは事務所へ行った。戻ってきた時には複数の薬の小瓶とゴブレットを持っていた。
ゴブレットと二つの小瓶を渡し、マダム・ポンフリーは指示した。
「まずはこれを飲みなさい。次にこちらです。順番を間違えてはいけませんよ」
ビルの手を借りて飛鳥は一つ目の薬を飲み干したが、あまりの不味さに顔をしかめた。
「うぇ……」
「無茶するから……」
「あなたまで説教する気?」
「アスカは一人で抱えすぎだよ」
二つ目の薬を飲み、飛鳥は横になった。
薬の効果がもう出ていた。
冷えていた体が温まり、急激に眠くなる。
目を閉じると同時に、飛鳥は眠りに落ちていた。