Girlish Maiden

□IX
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次の日の夕方にハリーを迎え、隠れ穴はさらに賑やかになった。
庭でビルとチャーリーが魔法でテーブルを飛ばし合うのを眺めながら、飛鳥はポケットの中にある自分の杖を撫でた。

――サクラの木、芯は一角獣の毛。28センチ。あなたにはこれがふさわしい。

ホグワーツ入学前。オリバンダーの店で購入した杖だ。それまで持っていた杖は日本で折られてしまったため、入学準備に合わせて買い直したのである。
桜の木を使った杖を使う者は日本では特別視されるそうだが、飛鳥は気にしたことがなかった。前の杖は桜ではなかったため、気にも留めなかったという方が正しいかもしれない。

飛鳥の足元を赤毛の猫が通り過ぎた。クルックシャンクスが庭小人を追いかけるも、捕まえられずにゲタゲタ笑われていた。

ビルとチャーリーは、まだ大きな音を立ててテーブルをぶつけている。
いつになったら決着がつくのかと飛鳥が思い始めた頃、ビルがチャーリーのテーブルに自分が飛ばしていたテーブルを勢いよくぶつけ、脚を一本もぎ取った。
バキッと小気味良い音がし、脚は飛鳥の頭上へ落下していく。一歩横にずれてそれを避け、飛鳥は地面に落ちた脚を拾った。
それと同時にパーシーの怒った声が上から響いた。

「静かにしてくれないか?」
「ごめんよ、パース。鍋底はどうなったい?」
「最悪だよ」

三階の窓から覗いていたパーシーは気難しい顔で窓を閉め、そのまま見えなくなった。
ウィーズリーの長男と次男は笑いながらテーブルを芝生の上並べてに下ろした。

「ごめん、アスカ。そっちに飛ぶとは思わなかった」
「大丈夫よ。けど、気を付けてね」
「反射神経が良いな。きれいに避けてた」
「……まあ、あのまま当たっていたら結構痛かったでしょうね」

飛鳥が脚を差し出すとビルが杖を振り、テーブルを元通りにしてからクロスを出して上にかけた。
空は徐々に暗くなり、夜になっていった。
七時になるとウィーズリー夫人の料理がテーブルに並び、全員が集まって食卓についた。
その際まともな食事だ、とハリーが至極嬉しそうに問題発言を落とした。

「ハリー、この夏中をケーキだけで生きてたの?」
「うん。従兄弟のダイエットに付き合わされる羽目になって」
「信じられない、それで前より痩せてるのね。ヘドウィグを送ってくれたら何か渡したのに」

来年は日持ちする食べ物を送ることを約束し、飛鳥はテーブルの食事を順にハリーの方へ回した。
飢えていたハリーはそれからひたすら食べ続け、完全に聞き役に徹した。

「アスカ、日本へ行っていたのよね?」
「ええ」
「日本の魔法界って、ここと同じなの?それとも全然違うもの?」

ハーマイオニーの質問に、飛鳥は瞬いた。
出身国についてよく聞かれるのは文化のことだ。魔法界のことをまず第一に聞かれたことは今までなかった。

「仕組みはだいたい同じよ。どうして?」
「この前、本で見たのだけど――、日本には陰陽師がいるでしょう?」

飛鳥の指がぴくりと動いた。
ハーマイオニーから目を逸らし、飛鳥は僅かに息を吐いた。

「……魔法使いと陰陽師は全くの別物よ。住む世界が違うの」

平坦な声が出た。
双子が飛鳥の方を見た気がしたが、飛鳥はそちらには意識を向けることはなかった。

「魔法使いと陰陽師は、昔から相容れない。あまり深く知らない方がいいわ」

どうして?とハーマイオニーが聞く。
その真っ直ぐな瞳に一瞬、飛鳥は虚をつかれたように静止した。ハーマイオニーの知りたい、学びたいときらきら輝く純粋さは、直視するには眩しすぎた。

「魔法は陰陽道と比べて新しいものだから、陰陽師達には受け入れられていないのよ。魔法界の方がどんどん大きくなっていって追い越されてしまったから、妬ましいんでしょう」

それは、陰陽道が衰退しつつあることも原因のひとつだった。
古来より続く術であるという誇りはあるが、彼らに結束する意志は全くない。縦の繋がりは強固だが横の繋がりは極めて細いのだ。
家柄だけで勝負ができる時代ではなくなっているというのに、そればかりに固執してしまっている。
血が薄れ、力を持たない子供が増えている。
本物の陰陽師と言える人物がもう何人残っているのか、飛鳥も知らない。

「日本では昔、魔法使い達は迫害されていた。陰陽師なんて言葉は口にしない方が身のためよ」

言いながら、飛鳥は自嘲する。
日本で自分が魔女だと名乗ろうものなら双方から糾弾されるだろう、と彼女は暗い笑みを唇に浮かべた。

陰陽師の家系に生まれながらも、血を裏切った異端者。――日本での飛鳥の立ち位置は、そういうものだ。

どちらにも受け入れられず、中途半端な場所で立ち止まっている。
正直なところ、この問題をどう扱えばいいのか飛鳥にも分からないのだった。
どこにも居場所がないということは、社会的に生きていけないということ。就職など、奇跡が起こらない限りできないだろう。
……ならばずっと、イギリスに住めばいい話だ。

(わかっとる。わかっとるよ。やけど――)

どうしても、忘れられなくて。
過ぎ去った情景に焦がれてしまって。
飛鳥は、いつまでも間違いを犯し続ける。

「……かんにんなぁ、」

零くん。
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