Girlish Maiden

□VIII
1ページ/3ページ

半月ほどをホテルで過ごした後、飛鳥は荷物を持って外に出た。
電車を乗り継ぎ、降りた駅からまた数十分ほど歩く。
夏休みということもあり、どこもかしこも人で溢れかえっていた。その間を縫うように通り抜け、飛鳥はひとつのビルの前で立ち止まった。

「……ここやね」

そこは一見、ただの古びたビルだった。
一階にはシャッターが下り、誰が見ても無人だと分かる。
飛鳥は道を確かめるふりをして、左手で地図を取り出した。
ビル側にある右手はシャッターに寄せ、二度指で叩く。数秒待ってからもう一度同じ動作を繰り返すと、突如シャッターに大人一人分ほどの大きさの穴が空いた。
さらに穴の横に「お入りください」という文字が現れる。

「おおきに」

礼を言って入ると、そこはもう古いビルのテナントなどではなかった。――どこかと言えば、日本の魔法省である。
広い通路があり、大きな受付が複数ある。奥には何台ものエレベーターが並び、勝手に宛先まで飛ぶ手紙や人間を乗せていた。
飛鳥は複数ある受付のひとつ――“煙突飛行部門”の所へ行った。

「暖炉を使いたいんですが」
「煙突飛行ですね。こちらにサインをどうぞ」

差し出された紙に署名し、金額を支払う。
来客者用の名札を貰ってから、飛鳥は通路の途中にずらりと並ぶ暖炉の方へ向かった。

欧米と違い、日本に暖炉を設置している家は数少ない。しかし、移動手段としては優秀である上に、そのネットワークは海外にも繋がっている。そのため、日本の魔法使い達は煙突飛行を使いたい時は魔法省に出向いているのだ。
だが地方に魔法省はないため、煙突飛行のサービスを行う店も最近増えているらしい。
飛鳥は煙突飛行粉をひとつまみ取り、暖炉に入れた。
炎が緑色に変わったところに体を入れ、行き先を叫ぶ。

「ロンドン、翡翠の家!」

途端に飛鳥の体は浮上し、ネットワークの中へ入り込んだ。
どこかの家の暖炉が高速で過ぎ去り、後方へ消えていく。やがて勢いが緩やかになったところで、飛鳥は荷物を持っていない方の手を前に突き出した。

「あ、いたっ」

よろめくことは防いだものの後頭部をぶつけ、小さく声を上げる。
飛鳥は狭い暖炉からスーツケースを引っ張り出し、リビングに移動した。
購入した土産をテーブルに置き、玄関に向かう。
外に出てポストを覗くと、大量の手紙が詰め込まれていた。
飛鳥は両手に手紙を抱え、家に戻った。

「……いらんもんばっかりやないの」

新しい店の広告や割引きなどがほとんどを占め、飛鳥宛のものは半分もなかった。
家の中は埃が溜まっていた。
一年もの間放ったらかしにされていたからだった。
飛鳥以外に人の気配はなく、がらんとしている。
不必要の手紙を捨て、飛鳥は窓を開けた。
部屋の隅に置いてある箒とちりとりを軽く叩くと、それらはひとりでに掃除を始めた。

飛鳥が手紙を開封して読んでいると、窓から一羽の小さなふくろうが入ってきた。

「あら、どこから来たの」

足に括り付けられた手紙を外し、中を見る。
その間ふくろうは短く鳴き声を上げて部屋中をブンブン飛び回っていた。

「ジョージから?ロンのピッグを借りて送ります?あなたピッグっていうのね。あまり豚のようには見えないけど……。ピッグ、こっちに来てくれる?」

キッチンの方でパタパタしていたピッグは呼ばれると分かるや弾丸のような速さで飛鳥の方へ飛んできた。
そして周りを飛び回り、嬉しそうに一声鳴いた。

「机に乗っていいわよ。ちょっと待って、ふくろう用のものを置いてあったはずだから」

戸棚からふくろうフーズを出し、半分に割ってピッグに差し出すと、豆ふくろうは夢中になってそれを食べ始めた。

「“今、クィディッチワールドカップが開催されていることは知ってるか?決勝戦はイギリスで開催されるそうだ。それで、親父がチケットを手に入れられるかもしれないんだ。決勝戦は八月末にある。中旬くらいにうちに来いよ。隠れ穴って名前の家だ”……クィディッチワールドカップですって?」

飛鳥は目を丸くした。そんな情報は全く耳に入ってきていない。
日本の魔法省が静かだったことから、日本は敗退したのだろう。マホウトコロはクィディッチが強かったはずだが、と飛鳥は首を傾げた。国としてはそうでもないのだろうか。

「……そういえば、ワールドカップは四年に一度だったわね。忘れていたわ」

鞄から紙とペンを取り出し、飛鳥は行く旨を書いてピッグの足に括り付けた。
ふくろうは飛び跳ねて喜び、翼を広げて宙に浮いた。

「ちゃんと隠れ穴まで戻れるかしら?ジョージ達によろしくね」

ホッと短く鳴き、ピッグはパタパタと窓から出ていった。
強風が吹けば簡単に飛ばされそうだと心配しつつ、飛鳥はそれを見送った。

.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ