Girlish Maiden

□V
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結局シリウス・ブラックは捕まらないまま、夜が明けた。
カドガン卿の絵は外され、太った婦人が護衛付きを条件に復帰した。グリフィンドール生は全員眠れず、次の日を迎えた。

ブラックがどうやってホグワーツに侵入したのさえも分からないまま、数日が経過した。
当事者のロンはまだ衝撃が抜けきっていないようだったが、周囲から英雄視されることを楽しんでいた。
学年が違う飛鳥でも、彼が襲われた時の話を嬉しそうにするところを何度も見たほどだ。
普段、ハリーに行っている注目を浴びることが気持ちいいのだろう。
良くも悪くも目立つ友人の隣にいる年頃の少年が、劣等感を抱かないわけがない。しかし、彼はそれを何度も押し殺してハリーと友人関係を築いている。
それは、誰もができることではない。
賞賛に値するが、周囲はそんなことを思いもしない。

ロンが得意気に話をするのを背に、飛鳥は暖炉の前でページをめくった。
目は字を追っているが、彼女の頭の中はシリウス・ブラックのことで埋めつくされていた。

(ブラックが何もせんと逃げた理由は……なんやろ……)

長い黒髪が本の上に落ちる。
パチパチ燃える暖炉の火が白い紙に映り、ゆらゆらと揺れた。飛鳥はそれをぼうっと眺めながら、無意識のうちに髪を耳に掛けた。

「目的が分からんと、何とも言えんよって……」

やはり意図せず、母国語が唇から零れる。
その様子を見て、悪戯を仕掛けようと忍び足で近寄っていた双子は顔を見合わせた。

「……なんて言ったんだ?」
「さあ……」

フレッドが顔を覗き込めば、本と向き合っていたはずの飛鳥とばっちり目が合った。

「…わあ、びっくりした」
「アスカ……抑揚のない声で言うなよ……」

三秒ほどじっと見つめ合い、飛鳥が先に口を開いた。
だがそこから出た一言が棒読みだったため、双子はがっくりと肩を落とした。

「近寄られたら気付くわよ。何か用?」

飛鳥は本を閉じた。
悪戯が失敗したのを見て、様子を見ていたリー・ジョーダンが三人の方へ寄ってきた。

「噂によると、今度の週末はホグズミードらしい」
「どこの噂なの、それ」
「それは置いといて。飛鳥、ちょっと付き合ってはくれまいか」

フレッドの畏まった口ぶりと仕草に、飛鳥は非情にも即座に首を横に振った。

「ごめんなさい、先約があるの」
「少しでいいんだ」

意外にも食い下がったのは、リーだった。
飛鳥が怪訝な顔をすると、彼はその理由を話し始めた。

「母親が今、日本にハマってるんだ。この前、話の流れで同じ寮に日本出身の女子がいるって言ったら、頼みたいことがあるって……」
「……だいたい分かったわ。注文したいものがあるけど、方法がマグル式しかなくてお困りなのね?」
「それもある」

げんなりした様子のリーに、飛鳥は僅かに表情を変えた。どうやら、事態は飛鳥が思っているより難しいらしい。

「なんとか資料を取り寄せたまでは良かったんだが、今度はその資料は日本語しか書かれてなかったんだ」
「不親切というか……日本はグローバル化が遅れてるのか?」
「閉鎖的な国なのよ。最近はそうでもないと思うけど……」

黒い頭を傾げ、飛鳥はリーにその資料の詳細を尋ねた。恐らく彼はふくろう便なら注文できると思っているのだろうが、日本まで届けてくれるかどうかは試したことがないので飛鳥も知らない。

「何を注文したいの?」
「何か……香りがするやつだよ」
「香水か?」
「日本人って香水付けるのか?」

双子が首を傾げる。曖昧な説明だったが、飛鳥は納得して頷いた。

「お香のことね?いろいろ種類があるわよ。どういう用途で使うのか聞いてる?」
「袋に入ってる?入れる?とか何とか言ってたぜ」
「匂い袋ね。分かったわ。急ぎじゃないのなら、今度の休みに代わりに注文しましょうか」
「助かる!早速手紙書いて知らせてくるよ」

男子寮へ駆け足で戻るリーを見送り、飛鳥も立ち上がった。
しばらく日本に帰っていない、と彼女は思いを巡らせた。帰郷のためにわざわざ長旅をする気にもならないため、もう何年もイギリスに滞在している。

「……そろそろ、頃合かもしれへんね」

“人を助けるためだけに生きなさい”――
呪いの言葉が、飛鳥の頭の中を埋め尽くす。苛みながらもそれを無視し、双子に手を振って飛鳥も談話室を後にした。


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