Girlish Maiden

□T
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「……もう5年経つんやねぇ」

ここはホグワーツ。
緑の広がる中庭で、ベンチに座って空を見上げている少女が一人。
長く豊かな髪を背に下ろし、風に遊ばせている。
ネクタイは赤。グリフィンドールの色だ。
微笑みを口元に、彼女はおっとりと日本語を口にした。
目と髪は漆黒。底なし沼のように深い色。
背が低く、顔立ちは整ってはいるが周囲のように彫りの深いそれではない。
欧米人がほとんどを占めるホグワーツにおいて、彼女は少し目を引く存在だ。
名を飛鳥。姓は五宮。
ホグワーツのグリフィンドール寮に所属する5年生である。

「やあ、何してるんだ?」
「極東の小人ちゃん」

同じ声が二方向――飛鳥の両側から響いた。
背後から彼女に近付き、横から顔を出したのはウィーズリー家の双子である。
飛鳥と同学年であり、どこでも悪戯を仕掛ける有名人かつ問題児。

「入学してから5年も経つのね、って黄昏れてただけよ」
「感傷的だな」
「ホームシックかい?」
「今更そんなのないわよ」

高身長の双子が飛鳥を挟むように座ると、小柄な彼女はまるで子供のようだ。

「アンジェリーナは?」
「一緒じゃないのか?」
「さあ、勉強中なんじゃないかしら。OWL試験も控えているしね」

フレッドとジョージが交互に話す。
流暢なイギリス英語が飛鳥の口からすらすらと出た。口調はやはりおっとり気味だが、訛りはない。

「アスカは勉強しないのかい?」

フレッドの問いかけに、飛鳥はローブの下から教科書を取り出して二人に見せる。
うげ、と顔を歪めた双子にクスクス笑いながら聞き返した。

「ふたりは、また悪戯?」

二人の頭は煤や埃がつき、あちこちが跳ねて爆発状態だった。いつものように、どこかで悪戯を仕掛けてきたのだろう。

「スネイプに爆弾をちょっとな」
「久々に怒り狂ってたぜ」
「あらまぁ……」

少し目を瞠り、飛鳥は地下室で片付けに追われているだろう教授を哀れに思った。
スリザリン出身であり、寮監のスネイプは何かとグリフィンドールを目の敵にする節がある。その当たりの酷さは、グリフィンドールに何か恨みがあるのかと思うほどだ。
飛鳥が入学した頃から既にそうだったため、恨みがあるとすれば相当根深い。
そして、そんなスネイプを悪戯仕掛け人が放っておくはずがなく。
彼も双子の悪事に毎回減点やら罰則やらを設けるも、全く効いていない。
良くも悪くもあの堅物教授が感情を露わにするのはグリフィンドール関連だ。

「……さて、と。私はそろそろ談話室に戻るわ。あなた達はどうするの?」

黒髪を揺らし、飛鳥は立ち上がった。
涼やかな瞳が双子を映す。
彼らは同時に飛鳥の横に並び、少女の背に手を添えた。

「では我らの城に戻りましょうか、お嬢様」
「ふふ、じゃあエスコートをお願いね、従者さん?」

フレッドが芝居がかった口調で歩みを促せば、ジョージが飛鳥の右手を恭しく取った。
3人は中庭から廊下へ移動し、寮を目指して並んで歩いた。
グリフィンドールの寮はホグワーツ城で最も高い東塔に位置する。飛鳥達は5年生のため慣れているが寮までの道は仕掛けが多く、辿り着くまでに時間と苦労を要することが多々ある。
その魔法の仕掛けを全て避け、中庭を出て5分後。飛鳥と双子は塔へ続く廊下で立ち止まった。
彼らの目の前にはカドガン卿がいる。
寮生は合言葉を言わなければ、談話室には入れない決まりとなっている。

「オヅボディキンズ」

ふんぞり返って3人を見て何事か喚きそうな顔をしたカドガン卿の絵に、飛鳥がすかさずそう唱えた。
カドガン卿はごちゃごちゃ何か言いながら前に倒れた。
入口が開き、談話室が現れる。
飛鳥は礼を言って中に入った。
本来の門番である太った婦人は、未だ戻らない。10月のある日――あのシリウス・ブラックに肖像画を切り裂かれた日から。
双子も飛鳥と同じことを思ったらしい。フレッドが少しうんざりした顔を見せた。

「しかし、カドガン卿は合言葉を変えすぎだな」
「ああ。ネビルじゃないが、覚えるのが面倒だ」
「太った婦人が懐かしいわね。……あら?」

談話室は妙に興奮していた。
寮生が誰かを取り囲み、歓声を上げている。

「――ファイアボルト!!」

飛鳥が事態を呑み込めないでいると、双子が同時に他の寮生に負けないほどの声を出した。
きょとんとしている飛鳥の両脇をすり抜け、2人は器用に輪の中心へ入り込んだ。
人の隙間から見えた少年と箒の姿に、飛鳥はああ、と納得した。
ファイアボルト。最速を誇る箒の名前だ。
速さはもちろん、形状も美しい、らしい。

残念ながら飛鳥は飛行術は苦手な方なので、クィディッチもしない。
箒のブランドにもあまり詳しくないのである。
だが自分の属する寮がこれほど興奮状態だと、分からないなりに嬉しいものだ。少し離れたところで皆を眺めようと談話室を見渡した。
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