夕闇イデア

□IV
1ページ/4ページ

「――凛桜さんの記憶が消されてる?」

喫茶ポアロのカウンターで、安室が眉を寄せた。
彼は目の前に座る小さな探偵を見下ろし、その強い目に少し安心した。
凛桜の容態は変わらず、ずっと眠り続けているのだという。
だが。
1時間も経っていない、つい先程。
安室とコナンは若干のずれはあるものの、同時刻に同じ体験をした。
安室はポアロでの休憩中に。
コナンは授業が終わった後のホームルームの最中に。
瞬きのような少しの時間、彼らは世界を越えた。
意識、あるいは魂や思念体で――科学では証明できない出来事を経験した。
当たり前に喰種が闊歩し生きる世界に、確かに行った。

「消されてる、っていうのはちょっと違うかもしれない。多分、凛桜さんに会った順番は僕が最後なんだ。なのに、先に会ったはずの2人のことを覚えてなかったんだよ」

“こちら”と“あちら”の時間のずれ。
コナン、赤井、安室の3人はほぼ同時に意識を失った。
だが、あちらへ行った日はてんでばらばらでだった。

「安室さん。凛桜さんの様子がおかしかったこと、なかった?」

コナンの問いかけに、安室は頷いた。

「あったよ。……と言っても、頭を抱えて蹲ってたことくらいかな」

そこに通りかかったんだよ、と言う。

「顔色も悪かったけどすぐに立ち直っていたから、何か思い出そうとしていたのかもしれないね」

記憶が無い、だから教えてほしいと言った彼女。
その眼差しは良く知るもので、そのせいか安室は余計に驚いた。
ベルモットをも警戒させた、鋭利な刃物のような気配は全くなく。雰囲気も表情も、“こちら”に染まった凛桜そのものだった。

「……凛桜さんは、向こうにいたいのかな」

飲んだ形跡のないオレンジジュースを見ながら、コナンが零す。
コップの外側についた雫が小さな指を濡らしていた。

「……どうだろうね。少なくとも僕は、凛桜さんはこっちにいた方が良いと思うし、彼女もそれを望んでいると思ってるけど――」
「けど?」

拭いていた皿を置き、安室は顔を上げたコナンと目を合わせた。
この小さな探偵を一ヶ月も悩ませる人物など、彼女が初めてなのではないだろうか。

「仲間が――同胞がいないということは、きっと想像以上につらいことだよ」
「……そう、だね」

彼女は何でもないように、むしろ嬉しそうにしていたけれど。
弟と再会して、何か思うところがないわけがなかったのだ。

「……コナンくんは、向こうで凛桜さんと何を話したんだい?」

平日の夕方前なので、ポアロに人はいない。客はコナンだけだった。
梓は休みで、マスターも奥でゆっくりしている。
幼い外見の名探偵はその見た目にそぐわぬ表情をその顔に浮かべてみせた。

「僕はね――――」


.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ