夕闇イデア

□V
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オークションから数日。
凛桜はふと思い立ち、14区のとある場所へ向かっていた。
既に日は落ち、街を人工的な灯りが煌々と照らしている。
金曜日の夜ということもあり、広い道路は人通りが多い。
それを横目に通り過ぎ、凛桜は1人、明るさを避けて細い路地へ入っていった。
闇に溶け込むように、街頭さえ少ない道を選んで進んでいく。
歩きながら、白髪を揺らして考えた。

(……オークションの日に見た、あの隻眼――)

あの日、凛桜はホールで身を潜めていた。
そこに突然、金木――佐々木琲世と隻眼の喰種が天井を突き破って落ちてきたのである。
その喰種の白髪と狂気を映す目に、息を呑んだのは記憶に新しい。
そして、“タキザワ”と呼ばれていた。
なぜかアオギリにいる雛実と戦闘になり、優秀な赫子を持つ彼女を圧倒するほど強かった。
随分経ってから駆け込んできた女の捜査官との様子から察するに、彼は元喰種捜査官。
金木が死んだとされる“20区梟討伐作戦”。
タキザワはその作戦で殉死した捜査官だった。

凛桜が調べたところ、作戦で死んだ捜査官達の一部が行方不明となっていた。
捕食されたにしては数が多く、CCG側も未だに分かっていないらしい。
そこに、行方不明者の1人だったタキザワが現れた。
オークション会場を離脱した後しばらく観察していたが、どうも彼はアオギリの一員となっている。

「……アオギリ、ね」

――捜査官の遺体を回収したのは、アオギリだ。
人間の喰種化実験を行っている医者と手を組み、彼らはなにかと騒ぎを起こしていた。
元々人間だった金木に赫包を移植したのも、その医者だった。

「タキザワ……成功体のオウル……」

猫さえいない道をゆっくり進みながら、凛桜は思考の海に潜る。
記憶のない3年の間に世界がどう変わったのか自分の目で確かめたくて動いていた……のだが、あまりの情報過多に頭がパンク状態である。
董香と四方には内密で動いているので、オークションで見聞きしたことは2人には聞けない。
凛桜が黙って何かを調べていることは既に勘づいているのだろうが、何も言ってこない。

金木研としての記憶を失い、新たな人生を歩んでいる彼――佐々木琲世のことだけでも探りたかったのだが。
もちろん、オークションに行ったのは今のCCGの情勢を見るという目的も兼ねていた。
だが、あまりにも想定外の出来事が多すぎた。

「……ったく、ロマの奴が適当なこと言うから大変だった――」

ぶつくさ悪態をつく凛桜の言葉が不自然に途切れた。
ビルの前で立ち止まり、彼女は首を傾げた。

「…………私、なんであの時楽屋にいたんだっけ」



――なんで、大変だったんだっけ?



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