夕闇イデア

□X
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路地に駆け込んだ赤井が目にしたものは、弟を腕に抱いた凛桜の姿だった。
背を向けて座り、彼女は俯いている。

「……って、たんだ」

遅れて追いついてきた安室とコナンが、そこの異様な空気と惨状に足を止めた。
合計8人分の、白い服を着た死体がそこかしこに転がっている。
そのうちのひとつは原型を留めていないほど、バラバラにされていた。

「知って、たんだ……。別に捨てられたわけじゃないって、置いてかれたのは、あいつらよりも強力な本隊を来させないためだったって……」

途切れ途切れに細く、蓮が言葉を紡ぐ。
息をするのも苦しそうに、ヒューヒューと音を立てている。

「俺が強くならなきゃ、また姉ちゃんが全部背負わなきゃいけなくなる……。だから、強くなって、それから……肩並べられるくらいになってから会いに行こうと思ってた。なのに……」

凛桜は何も言わない。
どんな表情をしているのかも、蓮にしか分からない。

「こっちに来て、白鳩に追われて、また……今度は大怪我してまで、俺を庇った。俺が守んなきゃいけなかったのに、」
「……蓮」
「俺を助ける必要なんかなかった。だって俺はもう、」

凛桜が頭を振った。
聞きたくないとでも言うように、嫌々をする子供のように、やけに幼い仕草だった。

「俺はもう……、死んでるのに」

ひゅっと息を呑む音がし、凛桜の呼吸が止まった。
小刻みに震える肩に、既に勘づいていたのだと赤井は察した。
気付いていて、知らないふりをしていた。
蓮は“向こう”で、既に死んでいたのだと。

「“こっち”に来た姉ちゃんに引きずられて、時間差で俺もこっちに来たんだ……。姉ちゃんが消えてから数週間経ってから、死んだから……。こいつらも多分、向こうでは既に死んでるんだよ。因縁があったから、何かの拍子で俺と来ちゃったんだと思う」

蓮からは気配がしなかった。
意図的に消しているだとか、そういうことではなく。
まるで存在がそこにないような印象を受けた。

「ごめん、姉ちゃん……」

捜査官達の身体が透けていく。
どんどん消えていくその光景に、3人はぎょっとした。
話には聞いていたが、見るのは初めてだった。
特に安室は凛桜達が異世界から来たことを知らないために、倉庫での一件も未だに信じていなかった。
そして、死を自覚した蓮も消えようとしていた。

「蓮……ッ」
「ごめん、姉ちゃん……ごめん……。俺まで置いて逝って、ごめん……」

嫌だ、と凛桜が声を絞り出した。
悲鳴のような囁きだった。

「嫌、やだ……置いてかないで……どうして、ねえ……みんないなくなっちゃったのに」

20にも及ぶ子供たち。
唯一の親友だった少女。
地獄を共有したヤモリ。
凛桜が大切に思い、守ろうとしてきた同胞たち。
全員が死んだ。
残るは生き別れたまま、消息不明だった弟のみ。
――その蓮さえも、既に死んでいるという。

「姉、ちゃん……」

蓮の肉体が消えていく。
腕の中から重みがなくなっていく感触に、凛桜は恐怖した。

「やめて……連れていかないで…………」

必死で掻き抱いた手は虚しく、空を切った。
呆然とする姉に、蓮は悲しそうに笑って目を閉じた。

「……ばいばい、姉ちゃん」

音もなく。
静かに吹いた風に攫われるように、蓮は消えた。
残ったのは、飛び散った血とその中心にいる凛桜のみ。

「凛桜、さん……」

凛桜は座り込んだまま動かない。
硬直していた3人は、気遣いながらも彼女に近付いた。
前に回り込み、正面から凛桜を見たコナンの顔から血の気が引いた。

「―――凛桜さん!」

クインケが4本。
凛桜の胸から腹にかけて、その全てが深く突き刺さっていた。
ぴくりと指先が動き、虚ろな凛桜の目がコナンに向いた。

「…………どう、して」
「凛桜さん、じっとしてて」
「喋るな、今車を回す。待っていろ」

暗く堕ちた瞳が、赤井を捉えた。

「……もう……、疲れちゃった……」
「ああ。しばらく休むといい」

蒼白な頬に、雫が伝った。
ぱちりぱちりと数度瞬き、凛桜は瞼を下ろした。
傾ぐ身体を赤井が受け止める。
彼は携帯を取り出し、コナンに手渡した。

「ジェイムズにかけてくれ。秘密裏に医師と病室の手配を頼むと」
「それなら警察病院の方が」
「いや、FBIで匿った方がいい。凛桜の身体は特殊すぎる」

意識を失った凛桜を安室に託し、赤井は車の方へ走って行ってしまった。
FBIに連絡をするコナンの横で、安室は地面を見下ろした。
あちこちで血が飛び散り、ひと目で尋常ではない様子が分かる。
人通りのない路地といえど、これでは通報されてしまうだろう。
倉庫の時のように燃やすという手が使えない以上、隠蔽工作が必要だった。
片腕と着いた膝で凛桜を支え、安室も携帯を取り出した。

「……風見か。すまないが血痕の処理を頼みたい。……ああ、かなりの量だ。よろしく」
「安室さん、車じゃここまで入ってこれないから移動しないと」

通話を終え、安室は凛桜を抱え上げた。
ぐったりしている彼女は今にも壊れそうで、恐ろしい。
こんな現場を作り上げたのはこの少女だというのに、その背景を思うと同情の色が強く出てしまう。
凛桜への恐怖心がないわけではなかった。
それは安室だけでなく、赤井やコナンも同じ。

「……やりきれないな」

もはや絶望するしかなかった凛桜の心情を思えば、何も言えない。
“人殺し”と罵ることは簡単だ。
だがそれは凛桜にとって、何の意味もない空虚な言葉だ。

「……凛桜さんにはゆっくり休む時間が必要だね」
「ああ、そうだね」

ぽつりぽつりと雨が降り出した。
車の方へ急ぐ安室の腕の中、凛桜の頬に雨粒があたる。

遺恨を嘆くような、驟雨だった。



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