夕闇イデア

□V
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「コナン君」

喫茶ポアロにて、私服の安室がカウンター席のコナンに声をかけた。
見かけだけ幼い少年はアイスコーヒーを目の前に置いているが、全く口をつけていない。
何かを考え込むその目は、眼鏡を挟んでいてもなお真剣さと鋭さを隠しきれていなかった。
顔を上げて安室の方を向いたが、やはりその顔は険しい。

「あの噂のことだけど……」
「何か分かったの!?」

途端に食いついてきたのを押し止め、安室は声を潜めた。

「噂は噂でしかなかった。けど、場所までは突き止めたよ」

追われていたという少女の特徴や詳細までは分からなかった。
だが、それがどこだったのかだけは掴んだ。

「ここからそれほど遠くない。今から調べに行こうと思ってるんだけど――」
「僕も行くよ」

凛桜が失踪してから、5日が経とうとしている。
コナンや赤井、蘭達はもちろん、安室も彼女の身を案じていた。
コナン達は凛桜がそう簡単にやられるような少女ではないことを知っているが、蘭と園子は全く知らない。
憔悴するほど心配しているが、今のところは噂しか頼れるものがなかった。
彼女達もその噂について調べているようだが、進展はないようだった。
コナンは凛桜の失踪を少年探偵団の子供達には知らせていない。
凛桜が何かをするために姿を消したのならば、彼女にとって大切な彼らはこの件から遠ざけた方が良いだろうとの判断からだった。

「その白い服を着た人達が言っていたらしいんだ。『あの娘は危険だ、早急に駆逐しなければならない』ってね。他のことは専門用語のようだったから、分からなかったと」
「目撃者を見つけたの?」
「ああ。1日かかってしまったけど、なんとか。目撃者によれば、警察のような雰囲気だったらしい」

ポアロを出て、2人は目的地へ向かって歩き始めた。
目的地は米花デパートから南に離れた路地。

「凛桜さんから、聞いたことがあるんだ。世間的には正義の立場の組織に、友達も親も全員殺された、と。その組織は白い服を着た国家組織らしい」
「―――!」

白い色で連想するのは凛桜だった。
だから噂を聞いた時も、彼女のことではないかと真っ先に思ったのだ。
それは調べるうちに確信に近いものへと変わっていった。
そして、今も。
顔を強ばらせたコナンに、安室はやはりと手を握りしめた。
この少年は、安室が知らない何かを知っている。

「……CCG」
「CCG?」
「凛桜さんは、自分たちに生きる権利はないって言ってた。自分たちを殺すための国家組織に追われてたって」
「それが、CCGか……」

あの戦闘力と感知能力は確かに脅威だ。
だが、生きる権利さえないとはどういうことだろうか。

「詳しくは僕も知らないけど、……随分酷いことをされたみたいだよ」
「酷いこと?」
「うん。髪の色が全部抜けて戻らないくらい、酷いことを」

安室が白髪について聞いた時に、嫌悪の表情を浮かべた凛桜。
彼女は何度も、踏み込んでくるなと言っていた。
自らの異常性を悟られたくなかった故の行動だったと、今なら分かる。

「本当に、どこの国家組織だ……!そんなことが許されてたまるか」
「……けど、凛桜さんは人間じゃない。人間中心の社会では、人権も戸籍も持てないんだ」

凛桜はコナンに、こうも言った。

“喰種であると発覚した瞬間から、あらゆる法はその個人を保護しない”

完全に人間社会から切り離され、排除される。

「人間社会は人間のためのものでしかない。そこに自分たちの居場所はない、って」
「確かにそうかもしれないが……!それでも、彼女は僕らと同じ姿形をしているじゃないか。そんな風に切り捨てられていいものじゃないだろう」

コナンは口を開きかけ、それをやめた。
安室は全貌を知らない。
凛桜が頑なに口を閉ざして絶対に語らなかったからだ。
凛桜の正体が喰種であること。
そして、喰種は人を喰らうことでしか生きていけないこと。
彼女の意思を無視して言うことはできなかった。

「……難しい問題だよなぁ」

小さくぼやきながら、名探偵はため息をついた。




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