夕闇イデア

□U
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それは先週の月曜だった。
その日、凛桜は少し遠出していた。
ふらりと電車に乗り、適当な駅で降りる。
行先も決めずに気の向くままあちこちを歩き、目についた店に入った。
なんのことはない。
ちょっとした放浪の旅のつもりだった。
意気揚々と買い物をし、さあ帰ろうかと駅へ向かった。
異変に気付いたのは、その時だった。
視界の隅に引っかかったそれに、凛桜の呼吸が止まった。
立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
胸中を、ざわめきが埋め尽くした。
信じられないその光景に、彼女は自分の目を疑った。

「―――――」

凛桜の視線の先で、『その人物』は服の裾を翻して角を曲がった。
どくどくと心臓の音がうるさく鳴り響く。
凛桜は追わなかった。
首筋をちりちりと焼くような視線を感じ、きっと顔を険しくさせる。
地面を踏みしめ、自分の存在を確かめるように歩いた。

(――まだ)

終わっていない。
ふ、と唇の端をつり上げた。
その瞳に剣呑な光を灯し、凛桜は笑った。

「様子見、ね。いいよ。いつでも来たらいい」

日が沈んだ空を見上げて、憎しみを込めた。


その日から、1週間が経とうとしていた。
普段通りを装いながら密かに警戒していた凛桜は不審に思った。
いくらなんでも、遅すぎる。
仕掛けてくるなら早くて次の日、遅くて3日以内という予測が外れた。
監視はそのまま放置したので、家の場所は既に知られている。
蘭と園子に勧められるまま試着室に入り、凛桜は嘆息した。
アルバイト先にしばらく休みを貰い、毎日あちこちを意味もなくうろうろして動きを待っていたが結局何も無い。
気のせいだったのではないかと思えるほど、この1週間の間、何も異常はなかった。

大胆なデザインのワンピースを持ち上げ、首を傾げる。
十中八九園子のチョイスなのだろうが――

「……胸が足りない」
「凛桜さん、どーお?可愛いでしょ、そのワンピ!」
「胸のところが落ちてくるから却下ね」

袖も肩紐もないワンピース――というよりドレス。
試しに着てみるも、見事にずり落ちた。
本来胸のある場所が腰の少し上で引っかかっている。
こっそり覗き込んだ園子が爆笑した。

「あーひどい。事故だよこれは」
「あははははは!!凛桜さんスレンダーすぎ!」
「ちょ、ちょっと園子……!」

注意しているようで、蘭も顔が笑っている。
ひとしきり笑い、他にも試した後に気に入った服を購入して店を出た。
服の着脱というものは、意外と体力を使う。
朝から歩き詰めということもあり、凛桜は疲労を感じていた。
エスカレーター近くまで来た時、蘭が園子と凛桜に言った。

「あ、ちょっと私お手洗い行ってくる」
「私も行くわ!凛桜さんはここで待ってる?」
「うん、そうするよ」

ちょうどベンチがあったので、そこに荷物を置いた。
2人を見送り、腰掛けようとした凛桜ははっと顔を上げた。

――視線。

(数は――3人)

凛桜は迷わず、その場を離れた。
エスカレーターを駆け下り、気配が追いかけてくることを確認する。
細い路地裏まで誘い込み、冷たい言葉と共に振り返った。

「―――さあ、説明してもらおうか」




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