夕闇イデア

□T
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ある夜。
赤井に連れ出され、凛桜は彼と警察庁の前で待機していた。
彼の赤い車の中、二人は沈黙していた。
赤井は腕を組み、何かを待っている。
凛桜はじっと耳をそばだて、警察庁の中の様子を探っていた。
30分ほど経っただろうか。
静まり返っていた内部で、複数の革靴の音が響いた。

「―――公安3名が突入。……あ、やられた。逃げてくるよ」

常人よりも遥かにいい耳を活用し、凛桜は状況を赤井に伝える。

「彼は?」
「今戦闘中」
「足音で分かるのか?」
「知ってる人なら。……あ、振り切られた。あの窓から来るよ」
「了解」

凛桜がひとつの窓を指さす。
それに少し遅れ、その窓が内側から破られた。
ガラスが飛び散り、人影が落ちてくる。人影は木に飛び移り、見事な身のこなしで地面に着地した。
そして、道路に躍り出る。

「……大胆だねぇ」
「ああ」

警備員の制止も振り切り、車を奪ったところを見て凛桜が呆れた様子で呟いた。
それに短く返事をした赤井が車のエンジンを入れる。

「出るぞ。ベルトをしろ、凛桜」

彼がそう言った時にはもう、車は車道に出ていた。

「うわっと」

凛桜は急な揺れに体制を崩したが、すぐに立て直した。
シートベルトを引っ張り、言われた通りにつける。
その頃には赤井の車は高速道路に入ろうとしていた。
追っている車が制限速度を無視して料金所のバーをぶち破る。その後に続き、2人の乗っている車もスピード超過で高速道路の中へ突っ込んだ。
エンジン音でうるさい車内で、凛桜は後方から迫ってくるひとつの車を察知していた。

「わー、すごい。あれには乗りたくないなぁ」

トラックやら他の車やらを無茶な運転で次々追い越し、白い車が迫りくる。
サイドミラーに映っていたその車はすぐに追いつき、赤井の車を抜いて前の車に体当たりをかました。

「警察こっわ」
「前にもこんなことがあったな」
「コナンくんを誘拐した犯人の車にぶつけて止めたやつね!安室さん、発想がなかなかクレイジーだよね」

過激派喰種の凛桜に言われては世も末である。
赤井は沖矢の姿で、車も今乗っているものとは違う車種だったが、凛桜は懐かしく感じた。
2台の車が追う謎の女の車は安室の車を振り切り、そのまま直進していく。
食らいつくようにその後を2台が至近距離で追いすがった。
赤井と凛桜に気付いた安室がキッと視線を鋭くさせた。
安室が激昂した表情で赤井を睨み、車体を今度は凛桜達の方へぶつけてくる。

「下がれ赤井!奴は公安のものだ!」
「ちょっと!!なにすんだ馬鹿野郎!!」

予期せぬ揺れと衝撃に驚いた凛桜が窓越しに怒鳴る。
だが彼の目に凛桜は映ってはいない。

「ん?」

赤井が何かに気付いたように視線を別の方向に逸らした。
その時、前方で1台の車が宙へ跳ね上がった。

「何がどうなってんのさ……」

ぼやいた凛桜だったが、落ち着いているあたりさすがである。
後ろで落ちた車には目もくれず、横を走る安室をじろりと見た。
そんな中赤井がスピードを緩め、車を停めた。
猛スピードで走る2台を見送り、凛桜はシートベルトを外した。
前方では女による事故が多発しているようで、不穏な音が次々に聞こえる。

「……渋滞?」

カーナビに表示された字を見る。
先程、赤井が何かに気付いていたのはこれだったらしい。
後部座席からライフルを取り出し、車外で構えた赤井の姿を見て凛桜も外に出た。
彼はスコープを覗き込み、不敵に笑っている。

「……一生分くらいのクラクションが聞こえるんだけど」
「逆走しているからな」

音は近付いてきている。
赤井が車のボンネットにライフルを固定し、構えた。その姿に気付いたのか、迫り来る車が急にスピードを上げた。
眉間を狙われている女が上体を伏せる。それを見て、赤井が照準をタイヤに変更した。
弾丸が放たれ、見事に的中する。
車は安定性を失い、凛桜の方へ突っ込んできた。

「危ないなぁ」

それをひらりと避け、凛桜は赤井の横に着地する。
振り返ると、女を乗せた車は高速道路の壁を破り、落ちていくところだった。
先程宙へ跳ね上がった車と倒れていたトラックを巻き添えにし、女が落ちていく。
そして。
凄まじい爆発が起き、熱風が吹き荒れた。
火柱が燃え上がり、道路が揺れる。
火の粉が飛び散る中、安室の車が遅れて到着した。
停車するとすぐに安室が降りて駆けてくる。
悔しげに下を見た後、彼は赤井の持つライフルに目を向けた。

「赤井、貴様……!」

すぐ横にいる凛桜のことはやはり眼中にないらしく、安室は憎々しげに赤井の名を呼んだ。
サイレンの音が近付く中、彼はもう一度赤井を睨んで車に戻った。
凛桜はそのまま安室が去っていくのを見送り、赤井を伺った。
携帯を取り出し、どこかに――恐らくFBIの仲間に電話をかけている。

「取り逃しました。後始末を頼みます」
「後始末……」

ボソッと呟き、凛桜はあたりを見渡した。
未だ炎は燃え盛り、怪我人もかなりいると見ていいだろう。
これを始末する方は大変である。
FBIと公安の気苦労を推し量り、凛桜は乾いた笑いを浮かべて車に戻ったのだった。



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