夕闇イデア

□U
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「やっほー。私の住んでる場所が工藤邸ってバレたよ」
『こちらは作戦遂行前だ。帰ってきてもいいぞ』

話の内容の割には呑気な電話である。
事が起きたのは、数時間前のことだった。
朝方に近い時間に帰ってきた安室は、物凄い剣幕だった。
沖矢昴もとい、赤井秀一と一緒に住んでいるのかと聞かれ、凛桜はもちろんすっとぼけた。
誰だそれは、沖矢昴は知っているが赤井秀一などという名前の男は知らない、そもそも沖矢昴ともそんなに関わったことがないなど思いつく限りの誤魔化しをしたが、彼の熱は収まらなかった。
叩き起こされて不機嫌な凛桜に憤然とした態度で「ならばあなたは人質です」と言い放ち、彼女に手錠をしてソファに繋いでからまた出かけて行ったのである。
凛桜が監禁されてから数日経っていたが、彼はほとんど帰ってこなかった。
ちなみにマンションには話を通してあり、凛桜がエントランスから出ようとすると即座に通報される手筈になっているという。
どんな説明をしたのか気になるところだ。
さらに監視カメラが廊下のあちこちについているので、部屋を一歩でも出ようものなら安室の仲間がやはりすぐに飛んでくるらしい。
その証拠に、部屋の外には三人分の気配がある。
先程やって来たようで、動く気配がない。
安室が出ていって早々に手錠を力任せに壊し、凛桜は携帯を探した。
監禁初日に取り上げられていたのである。
部屋のあちこちを捜索するも、なかなか見つからないので彼女は難儀していた。ようやく見つけ出した時には数時間が経過し、すっかり日も昇っていた。

「帰っていいの?」
『ああ。恐らく仕掛けて来るのは夜だ。脱出するなら今のうちだぞ』
「りょーかい。詳細はコナンくんに聞くよ」
『一応聞いておくが、何も漏らしていないだろうな』
「特には。安室さん、赤井秀一と住んでるのかってすごい怒ってたよ。……ねぇ、ちなみに私っていまどこにいるの?」

恐らく鞄に入っていた発信機は既に壊されているだろうが、場所の特定は監禁初日に終わっているはずだ。
赤井には安室と出かけると伝えたので、普段よりも多く確認していただろう。

『隣町の杯戸町だな。戻って来れるな?』
「うん、道は覚えてると思う」

壊した手錠をゴミ箱に突っ込み、凛桜は立ち上がった。
残念ながら鞄は見つからなかったが、中身は財布くらいだ。
大した額も入れていないので、凛桜は気にしなかった。

「じゃあ、今から出るね。……あ、鍵がない」

鍵も鞄の中である。
何の嫌がらせかと思うほど分かりにくい場所に隠してあるので、もう家捜しはしたくないというのが凛桜の本音だ。

『工藤優作氏が家にいる。ボウヤも学校を休んで待機しているぞ』
「……ふぅん?」

凛桜が思っている以上に事態は大事だった。
これは早く身を隠しておいた方が良さそうだと判断し、玄関に向かって靴を取ってからベランダに通じる窓を開けた。

「10階くらいかな……?」

身を乗り出して下を覗き込む。
駐車場の方を見ると、スーツを着た男が二人いた。
何か相談しているようで、背を向けている。
監視役のようだが、運良く凛桜の方は見ていない。

「じゃあ、気をつけてね」
『ああ』

窓を閉め、通話を切る。
靴を履き、凛桜は飛び降りた。
髪がぶわりと上に浮き上がる。
音もなく地面に着地し、走ってその場をすぐに離れた。
気配を探り、耳を澄ませる。
スーツを着用しているということは、履いているのは革靴だ。
ということは、注意しなければいけない人物は足音で判別できる。
十中八九凛桜の顔は知られているだろうが、凛桜は相手の顔を知らないのだ。
せっかくこっそり抜け出せたのだから、最後まで見つからないようにしなければ飛び降りた甲斐がない。

「……まあ、こっちにそこまで人員は割いてないか」

部屋の外にいた三人と、駐車場にいた二人。
少女一人にしてはむしろ多い方だ。
SSレート喰種には少なすぎる数だが。

「私が殺したって信じてないみたいだったけど、一応警戒はしたのかな」

細い道を駆け抜け、大通りに出る。
方向が間違っていないことだけを確かめると、凛桜はまた裏路地に入った。
ある程度まで離れ、米花町に着いてからスピードを緩める。

「うーん、体力落ちたなぁ」

少し上がった息を整え、凛桜は工藤邸を目指した。



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