夕闇イデア

□T
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「やっほーコナンくん。明後日一緒に遊ぼうって約束してたの、また今度にしてもらっていいかな?ちょっと風邪ひいちゃってしばらく外に出るの無理っぽいんだよー」

アルバイト先に休むことを(もう少ししおらしく)言った後、凛桜は別の人物に電話をかけた。
携帯の画面に表示されている名前は、確かに江戸川コナン。
だが、聞こえてくるため息は彼よりも低い、大人の声だ。

「他の子にもごめんねって伝えておいてくれる?」
『……了解』

家にいる時はいつも変声機をつけていないので、凛桜は久しぶりに沖矢昴の声を聞いた。
アドレス帳は見られては困る名前のオンパレードである。
念のためにパスワードは何重にもかけて厳重にしているが、凛桜は機械にはあまり詳しくない。
安室ならば簡単に突破しそうだ。
アドレス帳の名前は彼が席を外した時に適当に変えたが、実際にかけられたら終わりである。
せめてもの時間稼ぎだが、安室は凛桜の携帯を覗き見ようともしなかった。
まさかもう真相を突き止めたのかと疑ったが、そんな様子もない。
赤井秀一という名前を一度も出さないからだ。
これはしばらく監禁されて出方を伺うしかなさそうである。
凛桜は携帯を置き、さて困ったと腕を組んだ。
監禁される以上、食事を取らないと彼は怪しむだろう。
かと言って食べてから吐いてもすぐに露見する。

(うーーーん……)

ソファで悩む凛桜に、安室が窓の外を見て言った。

「そろそろ夕飯の時間ですね。何か食べたいものとかありますか?」
「えー……いらない」
「いえ、食べてもらいます。良い睡眠は良い食事と運動と規則正しい生活から!あなたがどんな環境にいるのかは知りませんが、ここにいる間は僕が三食きっちり作りますから」

(――逃げた方がいい気がしてきた!!)

すっと立ち上がった凛桜を見て、安室が眉を吊り上げた。
その目は据わり、威圧感がある。

「どこに行くんです」
「ぎゃあやだ帰る!」
「この機会に生活習慣を正したらいいじゃないですか!」
「無理!」
「僕が作ったものは食べられないとでも!?」

凛桜がうっと詰まった。
方向は違うが、的を射ている。
視線を逸らした少女を見て、安室がますます威圧を増す。

「……食べられないの」
「はい?」
「食べたら体を壊すから、食べられない。人間の食べ物は私には合わない」
「どういうことですか。まるであなたが人間じゃないみたいな――」

凛桜はぎゅっと手を握りしめた。
知られるのは時間の問題だったのだろう。
彼ほど頭が切れる人物なら、そのうち明かすことになるかもしれないと、どこかで諦めていた。

「……研究者が言ってたでしょ、兵器って。安室さんもおかしいと思ってたよね」

凛桜は安室の目を見ることができなかった。
陰鬱な表情を隠すように横を向く。

「何か運動をしているわけでもない人間が、ラケットに穴を開けるほどの力を持っているわけがない。女の筋力で男を簡単にねじ伏せられるわけがない。……それは私が、人間じゃないから」
「………………」
「私の筋力は人間の4〜7倍。人間と同じものは食べられない。これが、私が最大限譲歩できる範囲。隠してたこと」
「……では、あなたは何を摂取して――」

凛桜は人差し指を立てた。
安室の鎖骨あたりを見て、首を振る。

「それ以上はだめ」
「コナン君は知っているんですか?」

息が詰まった。
本当に、探偵というものは厄介だ。
彼が何を以てそう判断したのか、全く分からない。

「知っているんですね。僕に言えない理由はなんです?なぜ、頑なに教えようとしない?」
「……コナン君にも、言ってないことはあるよ」
「だが、重要なことは言っている。違いますか」

安室は確信して言っている。
凛桜は堪えきれずに顔を歪めた。

「安室さんには言えない」
「なぜ?僕が怪しい組織の一員だからですか?違いますよね。あなたも裏社会寄りの者だ、そんなものは理由にならない」
「……けどあなたは、正義側の人間でしょ」

――どうか知らないままでいてほしい。
――私の大切な居場所を、壊さないでほしい。

「……私を、殺す側の人間だ」

白鳩のように。
喰種を追い詰め、嬲り、殺す。

「だから、聞かないで。私にあなたを殺させないで」



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