夕闇イデア

□W
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黒い車を見送り、凛桜は長い息を吐いた。
すぐに帰ろうと見慣れた道を辿って行き、工藤邸のインターホンを鳴らした。
返事はなく、少し遅れてから玄関の鍵が開けられた。

「ただいま」
「おかえり。首尾は?」
「上々。バーボンにもここは知られてなかったみたい。シャワー浴びてくるね」

凛桜が情報が漏れる恐れがある鍵と携帯は置いていったため、沖矢は顛末を知る術を全く持っていなかった。
発信機で位置は掴んでいたが、盗聴器はつけていなかったので彼は詳細を全く知らない。
荷物を置き、少女とすれ違った沖矢は僅かに顔をしかめた。

「随分多かったんだな」
「やっぱり分かる?50人くらいいたから仕方ないよ、移り香は。私にとってはいい匂いなんだけどね」

そう言って凛桜は脱衣所に消えた。
留め具を外してチャイナ服を脱ぎ捨てる。
下着も全て取り、風呂の扉を開けた。
少し火照った裸足に冷たいタイルが気持ちいい。
頭から熱いシャワーをかぶり、ようやくホッとした。
鏡に映った身体を見る。
凛桜の身体は、傷一つない。
怪我をしても喰種の治癒力で全て綺麗に治るからだ。
ふと、沖矢――赤井や安室の身体は、傷だらけなのだろうかと考えた。
日常的に銃を扱う環境下にいるのだ。
今の赤井は沖矢昴として暮らしているために銃社会とは遠い位置にいるが、いずれは戻るだろう。
8年前、拷問を受けた時の傷はなかなか癒えなかったがそれももう跡形もない。

「……簡単に死ねたら、」

そこから先は言えなかった。
言葉が見つからなかったというのが正しい。
鏡を見れば、すっかり曇ってしまっていた。
シャワーを止め、髪と身体を念入りに洗ってさっさと出た。
今は、余計なことを考える時ではない。
バスタオルで水を拭き取り、部屋着を着てリビングに向かった。
沖矢はソファに座ってテレビを見ていた。

「ニュースになってる?」
「ああ。油でも撒いたのか?なかなか鎮火しないな」
「撒いた撒いたー。組織の倉庫みたいだったから周り燃えてもいいかなって!」
「よくやったと言うべきか軽率だと叱るべきか……。そのうち揉み消されるだろうがな」

にんまり笑った凛桜もソファに腰を下ろし、報道を眺めた。

「薬品とかもあったから、それが燃えてるのかな?」
「バーボンが無事だといいが……」
「それは大丈夫だと思うよ。監視だけしてこいって言われたらしいから。安室さんはずっと外にいたし、中の様子なんてカメラからしか把握できなかったはずだよ。そのカメラも私がすぐ壊したけど」

彼の言い方だと、彼の組織は完全にあの研究者達を放任していた。
気がかりなのは、今後組織の幹部が凛桜を見て不審に思わないかということだった。

「安室さんがうまく誤魔化してくれたらいいんだけど」
「組織で直接お前の顔を知っているのは、バーボンとベルモットだけか」
「今回ので、噂の“白髪の女”も消えたと思ってくれたらいいんだけどねー」
「“消えた”?」

テレビは燃え上がる炎を上空から映している。
周囲には何も無い、空き地に一つだけぽつんと建っている倉庫だ。
当然、そんな場所に人などいるはずもない。

「死体がね、消えたの。さすがに血は消えなかったから火つけてきたんだけど」

説明を求める目にひとつ頷き、凛桜は最初から話し始めた。
事の顛末と、全ての絡繰りを。

「……突飛すぎる話だ」
「私もそう思う。非科学的すぎる」
「お前が言うな……」

凛桜の話が終わると、沖矢は額を押さえた。
確かにこの世界には存在しない喰種が言ってもあまり説得力がない。

「警戒するに越したことはないだろうな。その研究者達がそれで全員だとは限らんだろう?そいつらがまだ組織と繋がっていたら、また同じことの繰り返しだ」
「でも、大元が潰れたのにまだ私を狙うかな?」
「復讐しに来るかもしれないだろう」
「あ、そっか」

凛桜は潰すとなれば冷徹なくせに、どこか抜けている。
沖矢には言っておいてよかった、と今更ながら思う。
赫子のことはまだ話していないが、それに関しては凛桜は明かすつもりはない。
沖矢も詳しくは聞いてこないので、自分たちの距離感はこれくらいが丁度いいのだと納得していた。

「沖矢さんは、ダブルフェイスしててしんどくならない?」

安室の憔悴した顔を思い出し、凛桜は尋ねた。
あまり自覚していないようだったが、彼は相当参っている。
トリプルフェイスなどしていれば当然である。
よっぽど強靱な精神の持ち主でなければ身も心もすぐに疲弊するだろう。

「俺は楽しんでやっている所もあるからな。バーボンの話か?」
「うん。私が見た限りではあの人は白だから、実質トリプルフェイスだね。バーボンと安室透と、もうひとつの顔」



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