夕闇イデア

□T
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ある晴れた日。
工藤邸を出た凛桜はまっすぐバイト先へ向かった。
服装はチャイナ服、鞄の中にはマスクが入っている。
今日はシフトが入っていない日だが、彼女は軽い足取りで歩き慣れた道を辿った。店のある裏通りに回り、従業員用の出入口を目指す。
途中、黒い車が路上に停まっていたが、凛桜は気にも留めなかった。
鼻歌でも歌いそうな上機嫌でその車の横を通り過ぎ、出入口に到着した。

「ふふ、なんで?って顔してるね」

長い袖で口元を隠し、彼女は彼女を待っていた人物を笑った。

「今日、この時間にバイトが終わるなんて嘘だよ。気分はどう?とっても滑稽だね、ナンパくん?」

強ばった顔で凛桜を見下ろす男―――凛桜がこちらに来て、初めて出会った人物。
図書館まで案内し、そのまま別れ、次の日にまた現れた。
ここのバイト先を勧めてきたのも彼だった。
話が良すぎる、便利すぎる男。

「ナンパしといて案内するだけなんておかしすぎる話、私が疑わないとでも思った?君があの日からずっと私を見てたこと、ちゃーんと気付いてたよ」
「な――じゃあ、初めから―――」
「そ。あらかじめバイトに入る曜日を規則的にして、時間はランダムにしておけばそのうち仕掛けてくるだろうと思ってたよ。で、最近よく時間帯を聞いてきたからそろそろいいかと思って、一昨日嘘のシフトを教えたのさ」

唇を歪め、見下すような目で自分を見る凛桜に男は青ざめた。
彼は、危険な相手だ、心してかかれと何度も言われた言葉の意味をようやく実感したのだった。

「そんじゃあ行こうか。そこに隠れてるお仲間さんも」
「き、気付いて――」
「なに?私のこと何も聞いてないの?やだなぁ、舐めすぎじゃない?あのあからさまに怪しい黒い車も仲間なんでしょ。あれに乗せて連れていこうって算段じゃないの。ほら案内してよ」
「は、……?」

唖然とする男に苛立ち、凛桜はまくし立てながら眉を寄せた。
いっそ自分から車に行ってやろうかと思ったくらいである。

「頭が悪い人間は嫌いだな。恵まれてるくせに使わないなんて、驕ってるにも程があるよね」
「ひっ……」

赫眼の状態で至近距離まで近付くと、彼はようやく震えた足で逃げるように車まで凛桜を案内した。

「つ、連れてきました…」
「気絶させて連行するとか言ってませんでした?」

運転席の窓が開き、男が顔を出した。
凛桜も知っている人物。安室透――バーボン。

「あはは、やっぱり。来るなら安室さんかな〜って思ってたよ」

人を馬鹿にしたように、少女が嘲る。

「それともバーボンって呼んだ方がいいのかな?」
「……どちらでも。乗ってください、凛桜さん。あなたに拒否権はない」
「やだなー、もちろん乗るよ。この通りを血まみれにするわけにはいかないから、ねぇ?」

くすくす、くすくす。
白髪を流し、喰種が笑う。
後部座席のドアを開け、真ん中に陣取った。
両端は固めてくるだろうという予測の行動だったが、それに反し誰も乗ってこなかった。



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