夕闇イデア

□T
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凛桜は散歩をしていた。
安室に会いにポアロに行きがてら、あちこちを見て回るつもりだったのである。
ところが、その安室が向こうから走ってやって来た。

「あれ、なんで」
「ああ、凛桜さん。すみませんが一緒に来てください」
「は?」

今日はシフトを入れていると聞いたから向かっていたのに、と言おうとしたのを遮られ、腕を掴まれる。
そのまま引っ張られ、仕方なく小走りでついて行く。
着いた先は駐車場だった。
見覚えのある白い車の助手席に凛桜を押し込み、彼は慌ただしく発進させた。

「何持ってるの?」
「コナンくんからのSOSです」

白い紙切れを持ったまま運転する彼に尋ねる。渡されたそれは、タクシーのレシートだった。

「なにこれ?」
「文字が消されているでしょう?Corpseは英語で死体、その下にあるのは車のナンバーです」
「なに、拉致でもされたの?」

またか、と額に手をあてる。
そこに携帯が着信を知らせた。

「どうぞ」

ちら、と安室を見る。
表示された名前は、沖矢昴。
このタイミングでかかってきたということは、確実に何かある。
即座に通話ボタンを押した。

「もしもし」
『今どこにいる?』
「あー……、3丁目に」
『大至急だ。帰ってこい。ボウヤが宅急便の中だ』
「――分かった」

帰ってこい、と彼は言った。
コナンがいるのは、家の前だ。

「安室さん」
「はい」
「大至急、2丁目21番地へ」

彼のことだ、その宅急便が回る場所は既に調べているだろう。
今はそれを辿っているだけ。
凛桜は解答を提示すれば、それで済む。

「もう目と鼻の先ですよ。……電話は、誰から?」
「コナンくんから。いま工藤邸の前に停車しているから、助けてくれって」
「それにしては、淡々とした電話でしたね」
「電話、まだ苦手で」
「そういえば、ベルツリー急行の時は持っていないと言ってましたね」

住宅街を結構なスピードで車が走っていく。見慣れた道の先に、宅急便が停まっていた。
凛桜は、さてどうするかと傍観の姿勢をとった。
普段なら犯人をボコるところだが、今は下手に動けない。
凛桜が特別動かずとも、安室に任せておけば勝手に解決してくれるだろう。
腕を組んで背もたれに背中を沈めた。
その横で、安室がクラクションを鳴らした。エンジンを切り、彼はドアを開けて外に出る。

「すみませーん。この路地狭いから譲ってもらえますか?」

安室は獲物を捉えた獣のように宅配業者の二人を見据える。
次に発した言葉は、先程とは声色が変わっていた。

「傷つけたくないので」

声が聞こえたのか、コンテナの中から歩美と元太が姿を見せた。

「た、探偵の兄ちゃん!」
「助けて〜〜!」
「あれ?君達、何をやってるんだい?そんな所で……」

白々しい。
呆れた凛桜も車から降りた。

「凛桜お姉さん!」
「見られちまったなら仕方ねぇ、ガキを殺されたくなかったらあんたとそこの女もコンテナの中に……」

男の言葉は、最後まで聞けなかった。
安室の左手が彼の懐に叩き込まれ、そのまま地面に倒れ伏したからである。
それを見た凛桜も、もう一人の男に足払いをかけた。
見事にすっ転んだ男の胴を踏みつけ、身動きを取れないように押さえる。

「じゃあコナンくん、この事を警察に」

車からガムテープを取り出してきた安室が笑顔で業者に巻き始めた。
凛桜はコンテナから降りてきた子供たちに近付き、さり気なく哀を隠した。

「でも、スゲーなお前…」
「あのレシートの暗号を見て来てくれたんですよね?」
「レシート?」

何故か、彼は首を傾げてすっとぼけた。
確かにレシートを見てここに来たのにも関わらず。

「猫の首輪についてた妙なレシートなら、風に飛ばされて見つけられなかったよ。凛桜さんがコナンくんから連絡を受けたって言ったから、ついでにここを通ったのさ」

ひやりとした。
三人が電話をかけていない、と言えば凛桜が嘘をついたことが安室にバレてしまう。
何か言えないことがあるのかと問い質されるのは目に見えていた。

「え?」
「なんで凛桜お姉さんと一緒にいるの?」

(歩美ちゃんナイス!天使!)

柄でもない声援を心の中で上げてしまった。
コナンが誤魔化そうとしていたようだが、歩美の言葉を聞いて彼もほっとした表情を浮かべた。

「彼女と少し話したいことがあってね」
「じゃあ、博士の家でケーキ食べる?お話もそこでしたらいいよ!」
「いや、今日は遠慮しておくよ。内緒話だからね…」

コナンと哀に同時に睨まれ、凛桜はたじろいだ。
あとで説明しろ、と二人の顔に書いてある。

「では凛桜さん、行きましょうか」
「はいはい……」

促されて車に向かう。
ぼすっと少々荒く座ると、安室が喉の奥で笑った。
少年探偵団にひらりと手を振り、二人はその場を離れた。



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