夕闇イデア

□T
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「伊豆高原に行ってくる」

バイトから帰ってきた凛桜が、沖矢に言った一言である。
沖矢は唐突なその宣言に首を傾げた。
ベルツリー急行の一件から数日が経ち、日常生活を送ろうとしていたところだというのに、この娘はまた出かけようとしているらしい。
しかし、凛桜が意味の無い行動をするとも思えない。

「いつから?」
「あした」

これまた急な話である。
説明を求める沖矢に、凛桜は「蘭ちゃんに誘われた」と返答をした。

「コナンくんの携帯から電話がかかってきて、この前の埋め合わせに園子ちゃんが連れて行ってくれるって」
「なるほど。交友関係を広められていいじゃないか」
「ところが話はそれだけで終わりじゃないの。あとから聞いたんだけど――安室って人も来るってさ」
「ホー?」

凛桜は沖矢にだけ、例の組織に妙な反応をされたことを伝えていた。
凛桜の容姿を見て反応を示したベルモットとバーボン。バーボンに至っては、連絡先や素性を聞き出そうとしていた。
一番に守らなければならない子供たちと離れた場所で会えるなら、凛桜としても好都合だ。これを機に色々と聞かせてもらおうと思ったのである。

「……沖矢さんは来ないでよ」
「過保護だな」
「この前も警戒して電車の部屋から出てなかったでしょ。まだ姿を見せる時じゃないってことじゃないの?」

何か考え込んでいる沖矢を軽く睨む。
先に釘を刺したが、彼は「行かない」とは言っていない。

「あの人、赤井さんに執着してるみたいだし」
「何か聞いたのか?」
「ちょっと聞こえてきただけ。『赤井が死ぬ前後のファイルを見せてくれないか』とかなんとか言うのがね」
「……そうか」
「今回は私の問題だからね。手出しは不要だよ」

もう一度念を押したが、彼はあっさり頷いた。

「分かっていると思うが、何かあればボウヤを頼るといい。助けてくれるだろう」
「あんまりしたかないけど、そうするつもり。困った時だけね」

白髪をかき上げ、凛桜はどこか気怠げにソファに座った。
あまり見ない表情が気になった。
そういえば、と沖矢は凛桜に問いかけた。

「食事はどうしてるんだ?」
「まだ」
「……大丈夫か?」

やはり短い返答。
少し顔色も悪い気がする。
まだ≠ニいうことは、こちらに来てから一度もものを食べていないことになる。

凛桜が住み着いてからもう、ひと月は経つ。

「……喰い場の当てはあるんだけど、ね」

喰種の飢えは最悪だと、いつだったか凛桜は言った。
生命力が強いため、死ぬことはできない。たちの悪いことに精神に影響を及ぼし、酷い場合は自我を失うほどらしい。
意識を飛ばし、気がついた時は周りは自分が食い散らかした死体だらけだった、なんてことも有り得る。
それが知り合いだった時の気持ちが分かるか、と彼女は言った。目も当てられない地獄だ、と。

「喰種と白鳩ばっかり食べてたから。一般人はあんまり、気が乗らなくて」
「無理はするなよ」
「……うん」
「ちなみに場所はどこなんだ?」
「あんまり有名じゃない自殺名所。……ねぇ、冷蔵庫に人肉入れたらダメ?」

ちら、と凛桜は駄目元で沖矢を見上げる。
彼は少し沈黙した後、首を振った。

「俺の家じゃないからな」
「だよねー。うーん、肉は全部食べれても骨が……」

CCGという脅威はいないとしても、食事をするには細心の注意が必要だ。
どこで足がつくか分からない。
ヒトを喰らう化物がいると、絶対に知られてはいけないのだ。
そのためには赫眼も赫子も封じなけれならない。
食事も最低限にし、実行するのもここから離れた場所で、それも毎回変える必要がある。
死体が見つかれば終わりだ。
灰になるまで燃やすことができればいいのだが、そこまでは望めない。

「……人間社会は、めんどくさいなぁ」

考えて行動しなければ平穏を守れない。
人間が人間のために作ったのだから当然だが、凛桜には急にそれが息苦しく感じた。



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