夕闇イデア

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部屋で待機している凛桜の元に、一通のメールが届いた。
差出人は沖矢昴。
内容は、哀の携帯にベルモットからのメールが届いたため、今から彼女を保護しに向かうというもの。
ついに、組織が本格的に動き出そうとしている合図だった。
凛桜は変声機を首に巻き、襟で隠した。
これで、いつでも動ける体制が整った。
そして暫く経ち、連絡を今か今かと待っていると、再び携帯がメールを受信した。

「……って、あああえええええ……」

送信してきたのはコナン。
その文面を見て、凛桜は思わず脱力して座席に突っ伏すように倒れ込んだ。
せっかく覚悟を決めて待ち構えていたのに、

「怪盗キッドぉ……」

彼を見つけたのでこれから協力を持ちかけて必ず是と言わせるという、凛桜からすればなんとも気の抜ける文面であった。
そして、凛桜へのメッセージがひとつ。

『凛桜さんはそのままその部屋で待機しておいて。キッドが変装道具を持って来るから、ウィッグと服を貸して脱出して』
「ひ、人の気も知らないで……私、人じゃないけど……」

半ば八つ当たりのようなことを呟いた。
せっかくつけた変声機を外し、首元を開ける。
今すぐ変装をやめたくなったが、念のために変装はそのままにしておいた。
コナンが自信満々に言ったので安心はしているが、保険は残しておいた方がいいだろう。

座席に寝そべる凛桜の耳に、イヤホンがひとつの声を届けた。

『あら、随分じゃない?』

有希子の声だ。
どうやら、始まったらしい。
すっと心が落ち着く。
一言一句、聞き逃さないように神経を集中させた。

『お気に入りだったのよ?あのトランクに入れてたワンピ……』

相手は、赤井の変装をしていた人物。
コナンと沖矢はベルモットと呼び、有希子はシャロンとどこか親しげにその名前を口にした。

『ねぇ、もうこんな事やめたら?シャロン』

凛桜は身を起こした。
一切をオフにしていた携帯の通知をオンにし、手の中で握った。

『意外ね』

若い女の声だ。
見かけた時は明らかに男の体格をしていたが、何か細工をしていたのだろう。
イヤホン越しでもどこか艶やかで妖しい、そんな雰囲気を感じさせた。

『あのボウヤが組織(わたしたち)との争いに母親のあなたを巻き込むとは…』
『自分で買って出たのよ。相手が銀幕のスターなら、日本の伝説的女優である私をキャスティングしなさいってね!』

本当に親しげだ。
有希子の口調は、気の知れた相手を前にした時のそれだった。

『でも残念だわ。年を食っても輝き続けるメイクの仕方をいつか教わろうと思ってたのに、それがあなたの素顔?大女優シャロン・ヴィンヤードはただの老けメイクだったなんて』

なぜ目立つのが職業のような女優が、怪しげな組織にいるのか非常に気になるところである。
しかも老けメイクまでしているということは、普段の彼女は一体何をしているのか。
気になった凛桜は、携帯で検索をかけた。

「シャロン・ヴィンヤード……故人……?」

ますます分からない。
事が落ち着いたら聞いてみようと思う反面、そこまで踏み込んだことを知りたくないというのも本音である。
首を傾げている間に、2人の会話は進んでいた。

『知ってた?現在、新ちゃんチームが一歩リードしてるのよ?』
『リード?』
『あなたの部屋で気を失って寝かされてた世良っていう女の子。もう元の彼女の部屋に運んでおいたし……』
『あら、仕事が早いじゃない。でも、変ねぇ。ボウヤは今、推理ショー中……他に助っ人でもいるのかしら?例えば――』

白髪の女の子、とか。

女の声に、凛桜は表情を消した。
イヤホンの向こうの有希子は、あくまでも明るい声を崩さなかった。

『さぁ……どうかな?その子のことは知らないけど、こっちにはスペシャルゲストがいるかもしれないわよん♡』

流石は女優である。
相手の揺さぶりにも動じず、堂々としている。

『有希子。組織(わたしたち)を煙に巻きたいようだけど、あなた達に勝ち目は…』
『大ありよ!だって新ちゃん、シャロンの弱みつかんじゃったもの』
『もしかしてあなたが私の友人だから手が出せないとでも?』
『シャロンの仲間、知らないんじゃない?新ちゃんやあの子が薬で幼児化してるってこと。捜索対象を小学生に絞れば見つけるのは時間の問題なのに――』

有希子の次の言葉が容易に想像でき、凛桜は目を見開く。
老けメイクという言葉に、故人のシャロン・ヴィンヤード。
それはつまり、自分自身を殺さなければならなかった理由がベルモットという女にあるということ。

『――新ちゃん、言ってたわよ。薬で幼児化してる事を隠す理由があなたに何かあるんじゃないかってね』



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