夕闇イデア

□V
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「な、7号車が消えた!?」

車掌の驚いた声が上がる。
それを横目で見つつ、凛桜は携帯を取り出した。
工藤邸を出る前、連絡用にと渡されたものだ。
メールアプリを開き、作成を選択する。
2つしか登録されていないうちの1つ――沖矢昴のアドレスを送信先に設定した。

(怪しい人物発見。特徴は頬に火傷のある男。さっき部屋から出てきたからそのへんうろうろしてるかも、と)

十中八九、例の組織だろう。
哀が怯えていたことを考えると、信憑性が増す。
送信ボタンをタップし、子供たちがこちらを向かないうちに鞄に仕舞い込んだ。
話が終わったのか、少年達はまた走って行ってしまった。

「元気だねぇ……」

どこか上の空の哀の横に行き、右手を握る。
そろそろ子供扱いするなと怒るだろうかと身構えたが、彼女は何も言わなかった。

「哀ちゃん、風邪で具合悪いの?」
「大丈夫…薬、飲んでるから」

哀は笑って誤魔化す。
歩美がそんな彼女の左手を取り、引いた。

「じゃあ行こ!」
「ゴー!」

つられて凛桜もノリよく同調していた。
それでも哀の顔色は晴れない。
何か考え込みながら、険しい表情で走っている。
ここは7号車だと言う車掌と話をしている時も、背後を振り返って警戒していた。

「……大丈夫。私がいるでしょ」
「…………」
「そんなに気を張ってたら倒れちゃうよ」
「……そうね」

哀にしか聞こえないように囁く。
ようやく少し落ち着いた彼女に微笑み、また走り出した少年達と歩美を2人で追いかけた。
コナンがB室のドアを開ける。

「あれ?」

中ではやはり、女子高生組3人が紅茶を飲んでくつろいでいた。
園子が凛桜を見て笑顔になるが、彼女はコナンには厳しかった。

「あ、あのさ……ここってほんとに」
「8号車だって言ってんでしょ!」

眉をつり上げて怒っている。
部屋の中に入っていた凛桜の横を通り過ぎ、園子はドアを乱暴に閉めた。

「ガキんちょは部屋に戻って大人しくしてろってーの!……さあ、凛桜さん!私達とおしゃべりしましょ!」

切り替えがすごい。
苦笑しつつ、凛桜は頷いた。
子供たちの気配は廊下から動いていないので、何か考えているのだろう。
世良の隣に行き、座っている蘭と園子に向かい合って立った。

「ああ、いいよ。そのままで」

2人が詰めようと立ち上がりかけたのを制し、首を傾げる。

「何飲んでるの?」

嗅いだことのない香りだ。

「ハーブティーです。ちょっと待って下さいね、今入れますから」
「いいっていいって。たぶん、そろそろコナンくんが来るから」

そう言うと同時に、再び扉が開いた。
顔を覗かせたのはやはりコナンで、また園子が苛立ったように口を開く。

「ちょっと、あんたねぇ…」
「この部屋ってさー、本当の本当は7号車のB室…だよね?」

正解にたどり着いた探偵は、不敵な顔でそう言った。
凛桜は既に索敵の要領で列車内を把握していたので、トリックは見破っていた。
自分がいる車両を中心に全体を探れば、列車を外から見ているも同然だ。
こういったことは、得意分野なのである。

「園子姉ちゃん達ももらったんでしょ?これに似たカード!んで、それに書いてある指示通りにしたんじゃない?この部屋にいた被害者役の人と一時的に部屋を入れ替わって、訪ねてくる探偵達をだまして迷わせろって」

違う?とコナンが少女達に尋ねる。
ぶすっと押し黙った園子の横で、蘭と世良がにこにことそれを肯定した。

「すっごーい!さすがコナン君!」
「正解だよ!」

トリックの詳細を話し始めたのを見て、凛桜は世良の背後で携帯を取り出した。
メール画面を開くと、返信が来ていた。

《彼女が確認に向かった。そちらは頼んだ》

短い文面が表示される。
それを読み、凛桜はすぐにメールを消去した。
送られてきたものと、自分が送ったもの両方を。万が一携帯を取り上げられても、しばらくは大丈夫だ。
作業を終え、携帯を鞄に戻すと世良が子供たちに近寄っているところだった。

(あ。まずった)

何故かは分からないが、哀が世良を警戒していたことを思い出す。
携帯を確認するために、彼女の背後に回っていたことが災いした。

「初めましてだよな?」
「え?」
「君だろ?灰原って子!」

哀が身を固くさせた。
顔を近付けてくる世良には答えず、緊張した面持ちで見つめ返している。
しかし、世良はすぐに目を逸らした。
扉の隙間からこちらを覗いていた人物の気配を察知し、声を上げる。

「誰だ!?」
「………………」

世良が扉を開ける前に、気配はすっと離れた。
まだ近くにいるが、姿を見せる気はまだないらしい。

(さっきの怪しい奴の気配だった)

あとでまた、連絡が必要だ。
窓の外ののどかな風景に、ひとつの煙が立ちのぼった。

「まぁ、とにかく死体消失の謎は解けたって事を車掌さんにでも伝えてみれば?」
「でもその事、解説役の小五郎おじさんに言わなくていいのかなぁ?」
「放っとこ!どうせ食堂車で飲んだくれてるだろーし…」

蘭が笑顔で辛辣なことを言う。
どうやら、父に対する娘の信頼は薄いらしい。



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