夕闇イデア

□U
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赤井、もとい沖矢に容赦なく叩き起され、車に乗せられて凛桜は駅に降り立った。
乗客に紛れて見える少年探偵団を確認した後、沖矢とはすぐに別れた。
ホームに停車している黒い列車を横目に眺めながら、彼らに近付く。

「やっほー、みんな」
「凛桜さん」
「あ!凛桜お姉さん!」
「ねーちゃんも乗るのか?」
「やったー!」

きゃっきゃとはしゃぎながらぶつかる勢いで寄ってきた歩美を受け止め、頭を撫でる。
当然のように手を繋いだ二人にちょっと目を丸くした少女が、凛桜に話しかけた。

「あなたが凛桜さんですか?」
「ん?どなた?」
「あ、ごめんなさい。初めまして、私毛利蘭です」
「僕が居候させてもらってるお家のお姉さんだよ」

綺麗な黒髪の少女だった。
それに少し瞠目し、凛桜はすぐに笑みを作った。

「初めまして。蘭ちゃんって呼んでもいいのかな?」
「なになに?誰?」
「ボクにも紹介してくれよ、コナンくん」

蘭の背後から、興味津々といった顔がふたつ出てきた。
片方の顔には見覚えがある。
コナンが誘拐された時に、バイクに乗っていた少年だ。
……少年?

「あれ?君、女の子?」

口をついて出た言葉に、少女達は驚いたように凛桜を見た。

「よく分かったね!ボクは世良真純、探偵をしてるんだ。何か困ったことがあったら言ってくれ」
「すごい、凛桜さん。私達世良さんと初対面の時は全然わからなかったのに」

近くで見てみると、やはり彼に目元がよく似ている。
凛桜が性別を判断できたのは五感が人間よりも優れているからである。
恐らく遠目で見ただけだと少年と勘違いしたままだっただろう。

「鈴木園子よ!ガキンチョ達と仲が良いのね?」

横から茶髪の少女が割り込んだ。
はつらつとした表情の、見るからに明るい性格の子だ。

「よく遊んでるよ。ね?」
「うん!あのね、凛桜お姉さんはすっごく強いの!歩美が悪い人に捕まった時も、すぐに助けてくれたんだよ」
「……首の骨折ってたな」

手を繋いだ歩美の隣で、コナンがぼそりと言う。
やっぱり折れてたのかと今更知り、凛桜は冷や汗をかく。
過剰防衛に引っかからなくて良かった。

「へー、強いのね。二人とどっちが強いかしら?」
「二人?」
「蘭は空手、世良さんはジークンドーの名人なのよ!」
「園子、私別に名人なんかじゃ……」
「ボクより兄の方が断然強いよ」

自分のことのように胸を張った園子に件の二人が訂正をいれる。
凛桜は少々大げさに目を丸くし、飄々と言い放った。

「じゃあ私なんて全然叶わないね〜」
「ゴホッ!」

白々しいそれにコナンがむせた。
じろりと見下ろすと、彼は気まずそうに目を逸らした。
それと同時に、元太の影に隠れている哀を見つける。

(あらら?)

さり気なく体の向きを変えて世良の視界から哀を隠した。
どうやら当たりだったらしく、コナンが小声で礼を呟いた。

「サンキュー、凛桜さん」
「いーえ。貸しにしとこうか?」
「ちゃっかりしてんな……」
「冗談だよ」

ふざけていると、蘭が男を引っ張って来た。
何か憤慨しているようで、足取りが荒い。

「お父さん連れてきたから、写真撮影しようか」
「私撮ろうか?写真、苦手だから」

え、という顔をした蘭の気を落とさないように即座に言葉を続けた。
そして蘭が連れてきた男――毛利小五郎に向き合い、軽く会釈する。

「コナンくんにいつもお世話になってます」
「お?ああ、噂のお姉さんですか!いやぁ、こちらこそコナン達が世話になってるようで。凛桜さん、でしたかな」
「そう、ですけど……私そんな噂になって?」

何か目立つことでもしただろうかと凛桜は首をひねる。
蘭がカメラを取り出し、凛桜に渡した。

「綺麗な白髪のお姉さんがいるって、ちょっとした話題になってるんですよ」
「あー、……そう……」

目立つのは髪が原因だった。
こればかりはどうしようもないので、噂が落ち着くのを待つしかないだろう。
カメラを受け取り、手元で弄る。
“向こう”でもカメラを首から下げてちょろちょろ動き回っていた女がいたな、と思い返す。
列車の前に並んだ彼らから少し距離を取り、カメラを構える。

「撮るよー」
「はーい!」

子供たちの元気な声が揃って上がる。
つい緩む頬を抑え、シャッターを切った。

「凛桜お姉さんも一緒に撮ろうよ!」

カメラを返しに近付くと、歩美がねだる声を上げた。
服の裾を掴み、上目遣いで凛桜を見上げる。
内心良心の呵責に呻きつつ、ごめんねと首を振った。

「撮られるのは苦手なの」
「凛桜さん困らせちゃだめよ、歩美ちゃん」
「はーい……」

歩美は少し落ち込んだ様子で肩を落としたが、すぐに立ち直って子供たちと一緒に車両に入っていった。
目の前のことに飛びつくあたり、まだまだ幼い。

「しかし、見事な白髪ですなぁ。遺伝ですか?」
「いいえ。元は茶色でした」

固い声が出た。
凛桜はこの髪が好きではない。
むしろ忌み嫌っているほどだ。
それを褒められたところで、不快以外の感情は湧かなかった。
『彼女』以外は。
子供たちの後を追い、列車に乗り込む。
視界に白がちらつき、少し苛立ちながら振り払った。



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