夕闇イデア
□U
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沖矢が突然立ち上がり、超高速で野菜やら肉やらを切り始めた。
それまでイヤホンを耳に突っ込み、真剣な表情で何か仕事をしていた彼の突然すぎる動きに、凛桜は目を白黒させた。
だが、彼女は何も言わずにそれを見ていた。
隣の阿笠博士の家をちらりと見遣る。
十中八九あそこが原因の行動だろう。
ならば自分が口を出すことはないが、手助けくらいはしようと立ち上がった。
「……何か出そうか?」
「圧力鍋」
単語である。
凛桜は鍋に詳しくないが、何度か彼の料理する姿を見ている。
なんとなく、いつも使っているものだろうとあたりをつけて鍋を引っ張り出した。
「火を付けてその上に」
「はーい」
「油も」
見様見真似だが、彼が何も言わないところを見ると正解らしい。
適当にやった凛桜だが、油を引いた感触に変な顔をした。
「もういいぞ」
「ん」
忙しない様子に、さっさと退散した。
リビングでテレビをつけて眺めていると、ニュースが流れた。
『本日、名探偵の毛利探偵事務所で男が拳銃自殺をするという事件が……』
「……ん?」
どこかで聞いた気がする名称に首を傾げた。
自分がこちらで関わっている人は少ない。
繋がりがあるならば限定されるが、誰の関連なのか分からない。
「名探偵毛利探偵……」
「ボウヤの住んでいる所だ。昨日話したポアロが下の階にある」
「ああ、あそこか。物騒だね」
画面に探偵事務所が映し出される様子を眺める。
喰種に「物騒だ」などと言われては世も末である。
「なんでわざわざ探偵事務所で拳銃自殺するの?趣味?」
そんな趣味があってたまるか、とこの場に探偵事務所の面々がいたらそう言っていただろう。
「自殺に見せかけた他殺だよ」
「じゃあ、その高速料理はコナンくん関連?」
「犯人に誘拐されたとのことだ」
「ありゃ。じゃあ助けに行かないとね」
鍋に具材を放り込み、余裕ができたのか会話らしい会話が開始された。
何かの匂いが漂ってきたので手で軽く鼻を塞いだ。
人間にとってはいい匂いかもしれないが、喰種にとっては毒である。
いつもなら自衛のため他の部屋に行くか、外に出かけるかしていたが今回は事情が事情だ。
凛桜はそのままテレビを見続けた。
数分後、鍋を持った沖矢に連れられて凛桜は阿笠邸を訪ねていた。
「どうやって追跡する気なのよ!?博士のビートル、今修理に出してるんじゃなかった?」
少女の焦った声が中から聞こえてくる。
どうやら、例の彼は居場所が分かる環境下にいるらしい。
「では、私の車で追いますか?」
「やほー。お邪魔しまーす」
沖矢の背後からひょっこり顔を出すと、強ばった顔の哀が目に入った。
(――警戒?)
誰に?
彼女の視線は沖矢に向いている。
博士の背中に周り、毛を逆立てた猫のような形相でこちらを見ていた。
「申し訳ない、立ち聞きするつもりはなかったんですが……。クリームシチューのお裾分けに来てみたら、戸口で何やら不穏な会話が耳に入って……」
「追うなら早くした方がいいんじゃない?」
緊張を緩和させようと口を出せば、逆に彼女はキッと視線をきつくさせた。
「じゃ、じゃあ車のキーだけ貸しなさいよ!私と博士で追跡するから!」
「貸してもいいんですが、あの車はくせがあって私の運転じゃないと…」
車というものはそんな安易に貸してもいいものなのか、と凛桜は頭をひねった。
「だったらワシと昴君で追跡を…」
「ええ、それでも構いませんよ」
沖矢はそこで、彼女と向き合う。
あくまで柔らかい口調は崩さず、哀を追い込むように言葉を発した。
「君が1人でここに残って、あの子の安否報告をやきもきしながら待っているつもりならね…」
意地の悪い男だ。
思わず冷たい目で沖矢を見た凛桜だったが、彼は気にせず言葉を続けた。
「よければ君も一緒に行くのをお勧めしよう。もちろん、無理強いはしませんが」
「…………」
「じゃ、決まりだね。早く行こ?」
必要以上に明るい声を出せば、哀は僅かに表情を緩ませた。
「……ええ」
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