夕闇イデア

□U
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「灰原」
「なに?遅かったわね」

日が暮れようとする頃、コナンは阿笠邸に来ていた。
今日はたまたま阿笠博士の所へ泊まる予定だったため、こちらに帰ってきたのである。
ちなみにその博士は今、夕飯の買い忘れがあったと言って急いで買い出しに出かけている。
リビングでパソコンを眺めていた灰原哀に声をかけると、そう返事が返ってきた。

「これ、読めるか?」
「藪から棒になに?……読めないわよ、こんな字。造語じゃないの?」
「だよなぁ……」

『喰種』と書いたメモを見せると、彼女は顔をしかめた。
哀がキーボードを叩き、検索してみるもそんな言葉はヒットしない。

「そもそもこの『喰』って字は日本で考案された国字で、音読みは本来ねェんだよ。例外として『食』の音を当てて木喰、とか固有名詞に使う場合以外はな」
「……そのようね。『楽しみのための食事ではなく、生存のための食事を意味する』。無理矢理読むとしたら『じきしゅ』ね。で?これがどうかしたの」
「大したことじゃねェんだけどよ、」

コナンが今日の出来事を簡潔に話すと、哀は眉を上げた。

「けど、その人がこの読み方の分からない文字を検索したとは限らないんじゃない?」
「確かにそうだけどよ。もし探してる本があって、その検索結果が0件だったら、オメーはどうする?」
「……タイトルで見つからないのなら作者で探したり、キーワードを変えたりするかしら」
「だろ?だから俺は、あの人がこれを検索したと思う。そして、この文字の読み方は『グール』だともな」

そこまでしゃべったところで、コナンの携帯がズボンのポケットの中で震えた。
取り出して液晶画面を見てみると、「沖矢昴」の文字。

「もしもし?」
『ボウヤか。こっちに来てくれないか?』

横目で隣の洋館――工藤邸を見る。
2階のカーテンの隙間から僅かに顔を覗かせている男と目が合った。
もっとも隣にいた哀がそれに気付く前に、彼はすっと姿を消したが。

「いいよ。何かあったの?」
『それはこちらで話そう。すぐに頼む』
「分かった」

電話はすぐに切られた。
いつものように訪ねてこないことからして、どうやら事を急ぐらしい。

「悪い、ちょっと隣に行ってくる」
「……はいはい」

子供には似合わぬ冷めた声に見送られ、コナンは駆け足ですぐ隣の洋館へ走った。
勝手知ったる手つきで玄関の鍵を開け、中に入る。
廊下を進んだ先のリビングに着くと、そこに先程の男が立っていた。
東都大学に通う大学院生、沖矢昴である。
彼はコナンを椅子に座らせると、自分は向かいに腰掛けた。

「……先程の話だが」
「チャイナ服を着た女の人?」
「ああ」
「その人がどうかしたの?……まさか、あいつらの仲間とか?」

警戒を露わにした少年を制し、沖矢はその糸目を開いた。

「あれは裏社会に生きる者だ。奴らの仲間かどうかはまだ分からんが――、もしそうだとすれば危険だぞ」

話の途中で、彼は喉元に手をやった。
何かのボタンを押すような仕草の後、沖矢昴の声は別人のものに変わっていた。

「どうしてそう思ったの?――赤井さん」

隣の阿笠邸に盗聴器を仕掛け、沖矢昴という架空の人物に成りすましている目の前の人物。
その正体はFBIの捜査官、赤井秀一。
世間では死んだことになっており、生きていることを隠すために顔も声も性格も違う人物になっている男。

その彼が今日、すれ違った女。

「裏社会にいる者なら、誰でもすぐに分かるだろう。あれが、血に濡れた同族だとな」
「あの人、見たことはないんだよね?」
「ああ、噂も聴いたことがない。だが……今まで隠れていたなら大したものだ」
「……けど、組織の人があんな目立つ格好する?」
「…………」

コナンの問いかけに、赤井は黙り込んだ。
あの組織の人間は基本的に黒一色だ。あんな派手な色の服を着ている人物はいない。

「組織の線は薄いと見て良さそうだね」
「だが、気配は完全に裏社会のものだ……気を付けろよ、ボウヤ」
「赤井さんもね」

話を簡潔に終わらせると、コナンは立ち上がった。
あの見た目だ、本気で探せば彼女はすぐに発見できるだろう。
問題はどうやって接触するかだった。
玄関に向かう途中、沖矢昴に戻した声がコナンに向かってかけられた。

「接触は僕がしましょう。ここで、ね」
「監禁でもする気?」

低い声で発せられたその言葉に、思わずそう返す。
彼は何も答えず、ただ、獲物を見つけた狩人のように唇をつり上げた。


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