Girlish Maiden

□T
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大真面目な顔をして、彼女は冗談のような台詞を言った。
言われた方の零は一瞬フリーズし、すぐさま頭をフル回転させて記憶を掘り起こした。警察内部でごく一部のみが知っている情報の中に、そんな冗談のようなものが混じっていなかったか──。

「政府からの要請で年に一度。特殊な人物との対談のために、極秘で警察庁が動く日がある。違う?」
「……続けてくれ」
「零くんは直接見たことはあらへんかな。……魔法省って言ってね。魔法使い達の政府機関があるんよ。うちはイギリスの魔法省の闇祓いをしてた。闇祓いは警察みたいな組織でね、潜入とか指名手配犯の逮捕とか重要人物の警護とか、何でもやってたんよ」

なぜ飛鳥がこの家の場所や零の正体をも知り得たのか。彼女は一般市民には秘匿とされる存在であり、いわば政府側の人間だとも言える。居場所や正体を知ることなど、造作もなかったのだ。

「……まあ、この話は置いといて。何でうちがこの家とか、零くんの素性を知ってるのかって話をしよか」

と思いきや、魔法省は関係なかったらしい。
飛鳥が紅茶をひと口飲み、息をついた。

「うち、元々は陰陽師の家系出身なんよ。陰陽師は規模が小さいし目立ったことはせぇへんから、今でも残ってることはそんな知られてないんやけどね。……まあ、うちにはそれほど才能はなかったんやけど。ひとつだけ、ちょっと得意なものがあったんよ」

すっと飛鳥の手が上がり、零の腕に触れた。
何かを摘むような動きの後、彼女の指先の間に一枚の細長い紙が挟まっていた。
墨で書かれた複雑な紋様や梵字が細かく書き込まれ、淡く光っている。

「守護の術。死者を生き返らせることは無理やけど、死から遠ざけることはできる。……これを付けるために、定期的に零くんに会ってたんよ。会う度に、零くんからうちの記憶を消しながら」

飛鳥の手の中で、護符は溶けるように消えていった。
それを見つめ、零は静かに聞いた。

「何のために?」

飛鳥はぽつりと答えた。

「……あなたに、死んでほしくなかったから」
「記憶を消したのも?」
「うちと定期的に会ってる人物がいると知られれば、危害を加えられる可能性があった。零くんの邪魔はしたくなかったし、うちの問題に巻き込むなんて論外。これが最善の方法やって、思うようにしてた。……全部、自分のエゴでしかないのに」

ずぶ濡れになるまで外で悩み、彼女は真正面から全てを打ち明けることを選んだ。そのことが何よりも飛鳥という人柄を表している。

「ごめんなさい。あなたを守ることを言い訳にして、非人道的なことを繰り返した。許してもらおうなんて思ってない。記憶は全部戻して今後一切、あなたには関わらない」

ごめんなさいともう一度言い、彼女は頭を下げた。

「……飛鳥は何と戦っている?身体も万全じゃないだろう。誰かにやられたのか」

飛鳥がぎくりと固まった。
上手く隠していたが、足の運び方や上半身の動きにぎこちないところがあった。全て身体の右側だ。

「俺の記憶を消したのも、関わらないと言ったのもその身体も、全部さっき言った“危険”絡み。随分大事のように見えるな」

飛鳥はしばらく瞠目し、迷うように口を開いた。

「……魔法使いじゃない人達のことを、マグルって呼ぶんやけどね。一部の魔法使いはマグルのことを見下してるんよ。基本的にそういった思考を持ってるのは、純血主義の家」
「純血?」
「そう。マグルの家系でも、魔法を使える子が生まれることがあるんよ。最近はもう、純血一族は少なくなってる。半純血だったり、もっと薄かったりって子がほとんどやね。……それでも、マグル生まれは未だに差別されることがある。敵は過激な純血主義やから、マグルを排除した世界を作ろうとしてるんよ」

話しながら、飛鳥は悩ましげな表情だった。
どこまで明かしていいものか、測りかねているようだった。
それほど大きな話だった。世界の知られざる側面に触れているほどの。
零は固唾を呑んで飛鳥の語る言葉を聞いていた。
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