Girlish Maiden

□Z
3ページ/3ページ

飛鳥はぎこちない動きで振り返った。
途端、至近距離にある顔にぎょっとして身を引いた。

「れ――……」

驚きに固まっている飛鳥の顔の前に人差し指を立て、彼は首を振った。

「後で話そう。向こうのソファで待ってるから」

低く呟き、その人は足早に去っていった。
工藤夫妻に向き直ると、有希子がにこにこ笑いながら伝票を持って立ち上がったところだった。

「あ、ちょ……!有希子さん!」
「いいのよ、飛鳥ちゃん。彼を優先しなさい」
「で、ですけど」
「めったに会えないんでしょう?なら、会えた時間を大切にしなきゃ」
「……はい」

有希子が伝票を優作に渡しながら、飛鳥にウィンクした。
支払いもいいからと背を押され、飛鳥は短く挨拶をして二人と別れたのであった。

「……偶然やね」

ソファの方へ行くと、影に隠れるようにして彼がいた。

――降谷零。

彼もまた、飛鳥の古い知人である。
褐色の肌と色素の薄い髪が特徴の青年だ。

「日本にいるとは知らなかったな」
「今日着いたから。……ここで何しとるん?」
「仕事。終わったところだよ」

ふぅんと返し、飛鳥は零の格好を眺めた。
黒を基調とした服装をしている。
と言えば会社員のようだが、明らかに雰囲気が会社員のそれではない。

「仕事、ねぇ……。ま、うちには関係あらへんことやけど。それにしても、うちのことよう分かったねぇ。会うんは子供の頃以来やろ?」

じっと零の目を見つめ、飛鳥は聞いた。

「ああ。後ろ姿を見た瞬間に分かったよ。忘れられていたらどうしようかと思って声をかけたのは怖々だったけどな」
「忘れへんよ、うちは」

微かに笑い、飛鳥は静かに言った。
先程、零と名前を言いかけた自分を制した彼を思い出しながら。
それだけで、飛鳥は安易に彼の名前を呼んではいけないのだと判断した。

「……飛鳥は今、何を?」
「うち?うちはね、イギリスで学生しとるんよ」
「そうか、まだ学生か。……童顔で舐められないか?」
「身長でいじられることはあるけど、童顔はないなぁ。東洋の小人ちゃんとか言われるんよ」

ひとしきり喋った後、腕時計を見て零が立ち上がった。
飛鳥も腰を上げ、密かに忍ばせていた呪符を流れるような動きで零の背中に飛ばして貼り付けた。

「悪い、そろそろ戻らないと。……じゃあな、飛鳥」
「うん。ほなね」

零が飛鳥に背を向ける。
その時には、呪符は姿を消していた。――彼の体に染み込んだのだ。

「……かんにんな」

悲しげに――そして寂しそうに呟き、飛鳥も背を向けた。

「今度はいつ、会えるやろね」

.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ