Girlish Maiden

□X
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禁じられた森の中。
飛鳥は太い木の枝に腰掛け、時を待った。
一時間が経ち、二時間が経った。
それから少し経過し――、不意に静寂を破る音が小さく響いた。
飛鳥の視線の先で、暴れ柳がぴたりと動きを止めた。
暴れ柳は普段、誰も近付けさせないほど常に枝を振り回している木だ。
根元にある穴から続くトンネルはホグズミードの“叫びの屋敷”へと通じている。
その穴から、人影が次々に這い出てきた。
一人はふわふわ宙を漂い、時折不安定に揺れている。
暗闇の中、その一行は城に向かって歩き出した。

飛鳥はちらりと空を見上げ、次いで少し離れた先を見下ろした。
そこにはハリーとハーマイオニー、そしてバックビークが木の影に隠れて先程の飛鳥と同じ方向を見ていた。
雲が晴れ、丸い月が姿を現した。
飛鳥は地面に自身の影が映らないように身体の位置を変えた。

「ハーマイオニー!」

その時、ハリーが声を上げた。

「行かないと!」
「ダメよ。何度も言ってるでしょ――」
「違う。割り込むんじゃない。ルーピンがまもなく森に駆け込んでくる。僕たちのいるところに!」

ハリーの切羽詰まった言葉に、ハーマイオニーの息を呑む音が飛鳥の耳に届いた。

「早く!どこへ行ったらいいの?どこへ隠れるの?吸魂鬼(ディメンター)がもうすぐやってくるわ――」
「ハグリッドの小屋に戻ろう!いまは空っぽだ――行こう!」

慌ただしい下から目を逸らし、飛鳥は再びルーピンの方へ意識を戻した。
ルーピンとは判別できない――否、人間とは思えない姿に、彼はなっていた。
身体は大きくなり、背中は盛り上がっている。全身から毛が生え、長い鉤爪も持っている。
巨大な犬がその狼人間に襲いかかっていた。
真っ黒な犬だ。大きすぎて熊のようにも見える。
その近くで甲高い悲鳴とバンという音、そして光が炸裂した。
もう一度同じ大きな音がし、ハーマイオニーの飼い猫が地面に落ちた。

「エクスペリアームス!」

武装解除呪文を叫ぶ声。
緑色の光線に照らされ、誰かの杖がくるくると舞い上がった。
狼人間が高く吠え、飛鳥のいる方向へ飛び込んできた。

「……こんばんは、ルーピン先生」

若い女の声と匂いに、狼人間が立ち止まる。
慣れた様子で木から飛び降り、飛鳥は地面に着地した。
本能だけを写した野獣の目がその姿を捉える。彼が襲いかかろうと構えを取る前に、飛鳥は杖を向けていた。

「ステューピファイ」

強い赤い光線が杖から発せられ、狼人間の肩付近に直撃した。
変身し強力になったせいか、ルーピンは一度の呪文では失神しなかった。
低く呻き、今度は敵意を持った目で飛鳥に飛びかかろうとした。
だが、またもや行動に移す前に、飛鳥は魔法を行使していた。

「インカーセラス」

太い縄が後ろ足に巻き付き、狼人間は前方に倒れ伏した。怒りの声を上げてもがくも、縄はきつく絡み付いて取れない。
再度杖を振ろうと腕を上げた時、飛鳥は異変に気が付いた。
周囲の温度が下がり、冷気が漂い始めた。

あらゆる幸福を奪い、絶望しか残らないような感情をもたらす最悪の生き物――吸魂鬼(ディメンター)
生者と犯罪者に引き寄せられ、彼らが四方八方から森の方向へやって来ていた。

「大臣も悪趣味やね。……なんやの?うちのことも襲うん?」

何十という数の吸魂鬼(ディメンター)が飛鳥を取り囲み、近付いた。
恐怖を感じたのか、狼人間が高く鳴いた。
じわりじわりと寄ってくる吸魂鬼(ディメンター)に杖を向け、飛鳥は躊躇なく守護霊を呼び出す呪文を唱えた。

「エクスペクト・パトローナム!」

白銀の光が飛び出し、宙を駆けた。
それに吸魂鬼(ディメンター)は狼狽え、ずるずると踵を返していく。
飛鳥を囲んでいた吸魂鬼(ディメンター)が全て去ると、守護霊はちょこんと彼女の足元へ帰ってきた。

「おおきに。ハリー達が困ってたら、助けてあげるんよ」

銀色の尻尾を振り、守護霊の狐は森の奥へ姿を消した。
それを見送ってから飛鳥は地面の狼人間の方に向き直った。

「うちも、手荒なことはしたくないんやけどね、先生。叫びの屋敷まで連れてくさかい、もうちぃと我慢しといてな?」

飛鳥はひょいと杖を振り、今度は完璧に彼を気絶させた。


……そしてトンネルを通って叫びの屋敷まで行き、走ってグリフィンドール塔へと戻ったのである。



彼女の今夜の行動は誰にも知られることなく終わった。
同室の少女達でさえ試験の疲れから早々に寝入り、彼女が城の外にいることに気付かなかった。
そのため飛鳥は夜中に起こされて不機嫌な太った婦人をなだめすかし通して貰ってから、何事もなかったようにベッドに潜り込んだのであった。

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