夕闇イデア

□U
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「じゃあこれ、つけて」

差し出されたものを受け取り、赤井はそれをしげしげと眺めた。
ホールの喰種達がつけていたような仮面だった。
言われた通りにつけてみるが、少しサイズが小さい。

「私のだから合わないと思うけど、まあ大丈夫でしょ」
「いつもこれを?」
「私はあんまりつけないけど、喰種はみんな持ってるよ。白鳩に顔バレすれば喰種は終わりだからね」

戸籍を持っている喰種は人間に紛れて学校や会社に在籍している。
顔が発覚すれば、すぐに住所や名前を突き止められてしまう。
それを防ぐためのマスクだ。

「今はオークション中だから、あまり出歩いてる喰種はいないと思うけど……。あなたの顔もバレないに越したことはないでしょ」

赤井にマスクを渡した理由は、CCGへの対策ではなく喰種の方だと凛桜は言う。
商品の人間以外は喰種しかいないはずのこの場所で、平然と人間が歩くのはあまりに不自然だ。
しかもここにいるのは、間違っても人間寄りとは言えないような喰種ばかり。
見つかれば終わりだと、少女は強調した。

「……なぜ、危険を冒してまで俺を助ける?」

フードを目深にかぶった凛桜に問う。
唯一見える口元が、笑みを形作った。

「最初は逃げ出した人間がいるのかと思って利用しようとしたんだけど。君の顔を見て、この人は死なせちゃだめだと思ったから」

扉を開けて、2人は歩き出した。
来た道を引き返し、ホールの前に差し掛かったところで凛桜が異変に気付いた。
ぱっとホールを見て、彼女は腹立たしげに壁を殴った。

「やられた……!覚えとけよロマの奴!」

壁に拳大のヒビが入り、欠片がパラパラと落ちた。
凛桜が手首を掴み、赤井を引っ張る。

「急いで!もうすぐ戦闘になる……!」
「どうするんだ」
「その前にあなたを保護してもらわないと!始まってからだと、巻き込まれて問答無用で殺される可能性が高まる!」
「そうじゃない。君はどうするんだ、凛桜」

引っ張られながら、赤井は問うた。
その背後で扉が開き、悲鳴と怒号が同時に響き渡った。
我先にと押し合いながら、中から喰種が逃げ出して来る。

「白鳩が!」
「鈴屋だ、逃げろ!」

通路の端に寄り、喰種の波を横目に見ながら2人は向き合った。

「私は隠密で行動してる。白鳩にも喰種にも、まだ存在を知られるわけにはいかない」

波は徐々に引き、通路は静かになりつつあった。
目元は見えないが、凛桜が迷っていることはすぐに分かった。
ここまま別れると、赤井の身の安全は保障できない。
だがこのまま一緒にいても危険を伴う。
何があっても単独行動を選ぶ彼女のことだ、どうすれば巻き込まないかを悩んでいるのだろう。

「ひとまずこの中に入らないか。身を隠しやすいだろう」

重い扉を開けて様子を見る。
観客はほとんど出払い、中には少数の喰種が残っていた。

「……あれは」

上の客席にいる3人の喰種に、凛桜が反応した。

「なぜあの子がアオギリに……?」

赤井と凛桜が見ている中、少年と思わしき人影が飛び降りた。
残りの2人はどこかへと立ち去ろうとしている。
他にいるのは、パイプオルガンの前とステージの上。
そして、アオギリがいた場所から少し離れた客席。

「……屈んで、音立てないように入って」

扉の隙間から身を滑らせ、2人はホール内へと隠れた。
飛び降りた少年は肩付近から赫子を噴出させ、ステージに降り立っていた。
そして、ステージにいる捜査官と睨み合う。
パイプオルガンの前にいた喰種達は逃げ出すようにどこかへ去っていく。
客席に立っていた喰種も、外へと出ていった。

『館内の喰種に告ぐ。貴様らは完全に包囲されている。抵抗すれば容赦なく駆逐する。おとなしく降伏せよ』

拡声器を通した声が外から聞こえてくる。
防音が施されているホールにも届くということは、相当の音量だ。
凛桜がうるさそうに首を振った。



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