夕闇イデア
□X
2ページ/3ページ
病院に運ばれた凛桜は、すぐさま手術に入った。
付き添ったのは赤井とコナンのみで、安室は処理のために現場に残った。
手術室の前で待つ2人の前に、ジェイムズとジョディ、キャメルが姿を現した。
「重症のようね……」
「刺し傷が6ヶ所あるんだ。どれも深いから、危険な状態だと思う」
凛桜に刃物が通らないことは既に話してある。
病院側には身体に刺さったままのクインケを抜くことと、可能な範囲での処置を依頼していた。
1時間ほど経ち、手術中のランプが消えた。
扉が開き、医師が出てくる。
「どうです?」
「針が通らないので、少々手荒ですが傷口から輸血をしています。……それと、再生が異常に速い。常人ならば即死の傷ですが……命の危険はないでしょう」
「そうですか……」
化け物でも見たかのような顔で、医師は言った。
今にも倒れそうなほど青ざめている。
「彼女に刺さっていた武器は?」
「それでしたら……」
タイミング良く、看護師が4つのクインケを運んできた。
その看護師の顔色も悪く、足取りも怪しい。
赤井に押し付けるようにクインケを渡し、彼女は逃げるように手術室に戻って行った。
「……なんなの、それ?針が通らないとか、再生が異常に速いとか、どういうことよ?」
「後で説明する。……ありがとうございました、連れて帰っても問題ない容態と見ていいですか」
医師は固い表情で頷いた。
大丈夫だという表現よりも、一刻も早く連れて帰ってほしいという風だった。
そんな彼に札を渡し、赤井は低い声で言った。
「最初にも言いましたが、他言無用でお願いしますよ。看護師にも言っておいて下さい。彼女の存在を世に知られるわけにはいかないものでね」
「は、はい。分かっております……」
医師が去った後、赤井はFBIの面々と向き直った。
手元のクインケを3人に見せてから、彼は口を開いた。
「初めに言っておくが、凛桜は人間ではない」
突拍子もない発言に、ジョディが眉をつり上げた。
ジェイムズとキャメルも呆気に取られている。
「人間じゃないって、どういう――」
「喰種という生き物だ。見かけは俺達と同じだが、刃物も銃弾も通さない身体を持っている。針が刺さらないのもそれが原因だ」
赤井の話は、到底ついていけるような内容ではない。
顔見知りの少女が実は人間ではないと知らされれば、誰でもまず困惑するだろう。
「グールとは、人の死体を食べる空想上の怪物だったはずだが……」
「ええ。喰種も人間しか食べられない。凛桜は自殺者の死体を拾っていましたよ」
「……それを、黙認していたのかね」
FBIの彼らは、赤井がこんな冗談を言うような人物ではないことを知っている。
そのことが、この話が事実であることをなによりも裏付けていた。
「絶対に目の届かない場所でやる、人は殺さないと言い切ったのでね。人間として到底認めてはいけない行為ですが、そうしなければ凛桜は生きられない」
「……そうか」
ジェイムズと凛桜に面識はない。
ジョディとキャメルからその存在を聞いていた程度だった。
「詳しい話は帰ってからしよう。手続きに行ってくる」
足早に立ち去った赤井を見送り、ジョディはコナンに話の矛先を向けた。
「コナン君は知っていたの?」
「……うん。凛桜さんが喰種だって知ってるのは僕と赤井さん、安室さんだけなんだ。凛桜さんは徹底して隠してたよ」
「……そう、でしょうね。こんな、信じられない話……」
人を喰らうことでしか生きられない、おぞましい生き物。
あの小柄な少女がそんな怪物には到底思えなくて、ジョディは手術室の方へ視線をやった。
ちょうどその時扉が開き、凛桜が運び出されてくる。
目を閉じた姿は儚く、喰種だと言った赤井の言葉は嘘のように思えた。
「車まで運びます。案内して下さい」
「え、えぇ……」
男の看護師の言葉に従い、4人は移動を始めた。
手術費用を支払って戻ってきた赤井と合流し、駐車場へ向かう。
凛桜は再び車の後部座席に寝かされた。
――コナンは一瞬、凛桜の姿が透けたような気がした。
「―――ッ!?」
反射的に手を伸ばしてみるも、しっかりと掴める。
嫌な汗がこめかみに落ちた。
このまま凛桜は目覚めないのではないか。
そんな予感に、少年は手を握りしめた。
.