夕闇イデア

□U
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細い路地に、少女と3人の男が対峙している。
敵意を剥き出しにし、凛桜は男達を睨んだ。
憎しみ、恨み、あらゆる負の感情を含んだ声で、言い放つ。

「私をどうしたいのか、答えてもらおうか」

白い制服に身を包み、アタッシュケースを手に持った男達。
全員が緊張の面持ちで凛桜を睨み返した。

「――SSレート喰種、リオウだな」
「本来ならばコクリア行きの喰種だ」
「……会話する気はないってか」
「なぜ我々がお前のような下等生物と会話しなければならない?」

喰種対策局――CCG。
通称、白鳩。
その彼らがなぜか、そこにいた。

「さてさて、君たちごときが私をどうにかできるのかな〜〜ぁ?手ェ震えてるよ、ほら」

ぞっとするほどの殺気を滲ませ、少女がせせら笑った。
その目は赫い。
凛桜の指摘に、彼らはぐっと言葉に詰まった。
捜査官達はまだ若く、見たところ実戦経験もそれほどない。
普通ならば上の階級の人間が一緒にいるものだが、姿が見えない。
彼らだけが“こちら”に来てしまったのか、それとも別行動をしているのか。
1週間音沙汰がなかったことといい、聞きたいことは山ほどある。
ひとまずは軽く翻弄してから聞き出そうと構えた、その時。

「―――どけ!」

上から迫る気配と声に、凛桜は飛び退いた。
乱入者に眉を寄せて振り向き、そして目を見開いた。

「な―――」
「ッ、お前……!」

降ってきたその人物も、驚愕に顔色を変えた。
その目も、赫い。
地面に着地し、立ち上がる。
乱入者は、険しい表情で自分が来た方向を睨んだ。

「チッ、挟まれた……!」
「ハァ?」

凛桜は眉を跳ね上げた。
そうしているうちに、奥からさらに白服の捜査官達がやって来た。
横の喰種――まだ少年だ――を見上げ、凛桜は冷たく言った。

「言っとくけど、助けないからね」
「ああ?いらねぇよ」

不機嫌そうに言った少年が、肩口からガス状の赫子を噴出させた。
ざっと頭から足まで見ると、あちこち怪我をしている。
羽赫はその特質上、消耗が激しい。
肩で息をしているところからして、もう既にガス欠なのだろう。

「温存しときなよ。疲れてんでしょ」
「うっせ。黙って見てろよ」

吐き捨てた少年に、凛桜は肩をすくめた。

「そっちの白鳩は手強いわけ?」
「ほぼ特等クラスの上等捜査官がいる。やりにくいったらありゃしねぇ」
「あっそ」

追いついてきた捜査官の数は5。
凛桜を追っていた方と合わせて8人だ。
思わずため息をついた。
まるで向こうに戻ったようだ。

「じゃ、殺そうか」
「ああ」

凛桜の鱗赫が現れる。
凶悪なその形と大きさに、捜査官達の緊張が一気に高まった。
パキ、と右手の人差し指を鳴らす。
獲物をいたぶる獣のように唇を舐め、凛桜は喉の奥で低く笑った。
それを合図にしたかのように、一斉に捜査官のアタッシュケースが開いた。
それはすぐさま様々な武器に変化する。
クインケ――喰種の赫子を元に作られたものだ。
嫌悪の表情を浮かべ、凛桜と少年はそれを見た。
喰種には刃物も銃も通用しない。
CCGにとってクインケは喰種に対抗するための唯一の武器であり方法だが、凛桜達にしてみれば死した同胞を冒涜する行為以外の何物でもない。

「本当、悪趣味な玩具だ」
「ああ、反吐が出る」

凛桜に同調した少年が赫子を飛ばした。
鋭く尖ったそれは弾丸のように捜査官に襲いかかった。
それをクインケで叩き落とし、捜査官が2人に迫り来る。
接近戦が苦手な凛桜は飛び離れ、塀の上に移動した。
腰の鱗赫を細く分裂させ、3人の捜査官目掛けて操る。
腕や手首、足に巻き付けるが、クインケによって分断させられる。
すぐに新たな赫子を伸ばすもすんでで避けられ刃を突き立てられた。

「……うぅん、なまったな」

思うように動かない赫子に困ったように言うと、少年がいらいらした様子で凛桜を見上げた。

「なまっただぁ?」
「うるさいな。ボロボロの君に言われたくない」

塀によじ登ってきた捜査官の足を赫子が貫く。
話を聞き出すために動きを封じたいだけだったのだが、あまり長引かせるのも得策ではない。

「殺さずに生かして捕らえてよ、蓮。聞きたいことがある。もちろん君にも」

蓮、と呼ばれた少年は荒々しく捜査官を蹴り飛ばした。
凛桜の指摘通り赫子は温存することにしたらしく、出現していない。

「俺もあんたには聞きたいことが山ほどあるな」
「へえ。文句じゃなくて?」

それぞれ捜査官を相手取り、挑発し合っている。
特に蓮は凛桜のことが気に食わない様子で、言動にそれが出ている。
捜査官が操るクインケが凛桜の胴を狙った。

(――尾赫か)

赫子には相性がある。
ガス状の羽赫は肩に、金属質の甲赫は肩甲骨の下付近に、鱗赫は腰に、尾赫は尾骶骨から出現する。
羽赫は甲赫に、甲赫は鱗赫に、鱗赫は尾赫に、そして尾赫は羽赫に弱い。
それは単純に攻撃の相性もあるが、赫子を形作るRc細胞が体内に入り込むと毒となる。
いくら喰種でも、赫子やクインケで攻撃を受けると治りが遅れてしまう。
警戒を強めた時、凛桜の視界の隅にバランスを崩した蓮の姿が映りこんだ。

「……っ」

動きが素早い捜査官が一人、一歩踏み込む。
尾赫のクインケから視線を逸らし、少年の方へ向かう凛桜の脇腹が抉られた。
構わず駆け寄り、驚いた表情をする彼の肩を引き倒す。
避ける暇も、赫子を出す僅かな時間もなかった。
前と後ろ、両方向からの気配になぜだか笑えてきて。

「蓮、逃げて」

かつての自分ならば絶対に言わなかった言葉を口にしていた。
蓮が目を見開く。


次の瞬間、薄暗い路地裏に嫌な音が響いた。




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